《出会いと別れ》

2月28日。

今日も一日、俺は朝から祐奈の元へ行き、その後学校に行った。

そして放課後、俺は今まで祐奈と話していた。

時刻は20時、祐奈を休ませないといけないため、俺はいつも通り帰路を辿っていた。

しかし、まだまだ疑問は晴れていない。

この4日間、新しく入った情報と言えば、PARAISOの稼働開始予定日が3月6日と発表されたくらいだ。

いつか必ず、PARAISOとあの男の関係について明らかにしよう。

そんな事を考えていると、ふと、後方に気配を感じた。

その気配は、移動する事なく俺の後方でじっと佇んでいる。

こんな夜中に、何だろうか。

その場を離れるように、歩き始める。

しかし、その気配はずっと、俺との距離を一定に保ちながら付き纏ってきていた。

痺れを切らした俺は、ショルダーバッグに入っているナイフに手をかけながら呟いた。

「一体全体、何のつもりだ?」

立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返る。


そこに、あの男がいた。


「お、お前は...!」

思わず、身構える。

俺に不敵な笑みを浮かべてきた男が、目の前にいた。

この男からは、未だかつてないほどの恐ろしさを感じた。

力も強くはなさそうで、俺でも勝てる相手なのは確かなのだが、それとは違う別の恐ろしさを、俺は感じていた。

「君、夜越光綺くんだよね?」

そう、静かに男は告げる。

「何で知ってるんだ?」

もう、何もかもが分からない。

「そんなに身構えずに聞いてほしいな、こっちも苦しくなってくる」

そう言われ、攻撃姿勢こそ解いたものの、警戒はし続ける。

「うん、それがいい、こっちも少しは楽だからね」

本当に、この男が何を考えているのかが読めない。

ただ、数少ない疑問を晴らす機会である事にも変わりはなかった。

だからこそ、俺はその言葉を紡いだ。

「お前は、政府の人間で、PARAISOの管理者なのか?」

核心に迫る、重要な質問。

にも関わらず、男は何の躊躇いもなくこう答えた。

「うん、そうだよ」

呆気なかった。

何の躊躇もなく答えたところを見ると、この男にとってこの情報はさほど重要ではなかったのだろうか?

いや、それだと、ネット上に一つもこの情報が公開されていないことの説明がつかない。

そう考えていると、男は驚くような事を言った。

「今のことは、絶対に口外してはいけないよ」

やはり、機密情報だった。

だとすれば、なぜこの男はわざわざ俺にこの情報を渡してきたのだろうか。

すると、男の口が静かに開いた。

「自己紹介といこうか」

そして、男は告げる。


「僕の名前は横山秋也、PARAISO管理チーム、PMTのリーダーだ」


「な、何が目的で俺に近づいたんだ」

頭の中で、数々の予想を立てていく。

横山が俺に接触した理由、考えられるものはいくつもあった。

しかし、横山の口から綴られた言葉は、俺の予想を遥かに超えていた。

「君を、PMTのメンバーとして迎え入れたい」

何で、俺が。

それが、一番に頭に浮かんだ言葉だった。

「君の素性は、全て知っている、戦時中の活躍も、ね」

「何で、そんなものをお前が知ってるんだ」

すると、横山はあの不敵な笑みを浮かべて、言った。

「PMTの背後には政府の権力と収入がある、だからこその実行力と広い情報網さ」

その言葉で、俺はただ立ちすくむことしかできなくなった。

やはりこの男は、恐ろしい。

「悪いが、俺はそんなものに付き合うことはできない」

そうとだけ言い残して、後ろを振り返る。

そして、一歩を踏み出した瞬間、後方から聞こえてくる言葉があった。


「そうか、それでも近いうちに君は、PMTの本部に足を運んでいるよ」


その夜は、眠ることすらままならなかった。

横山の素性を洗いざらい調べたが、経歴のほとんどが隠されており、謎に包まれていた。

そして何より、最後のあの言葉が気になって仕方がない。

俺がPMTの本部に足を運ぶ?

それは一体全体、何の目的でなのだろうか。


結局、その日は眠れずに時間が過ぎ、仕方なくいつもより早めに家を出て、病院の近くのカフェでくつろぐことにした。

こんな時間でも開いており、それでいて客も入っている。

この店は、そういった場所だった。

砂糖をこれでもかと入れたコーヒーを口に運ぶ。

糖分が入り、少しは気持ちも楽になった。

ふと時計を見ると、4時になっていた。

それでもまだ、カフェの外は肌寒い。

早く病院へ向かおうと、歩くスピードを早めた瞬間だった。

「……あ」

一つの予測が、俺の胸を嫌というほど締め付けた。

PMTの本部、その施設にあるものといえば、PARAISOのメインシステムなのだろう。

そしてそれがあると言うことは、転移室、人の記憶をデータ化するための装置も、その施設にあるはずだ。

だとすれば、今一番それを利用する可能性が高い、つまり死に近い人物といえば?

そんなの、俺の身の回りでは彼女しかいない。

考えすぎかもしれないが、なんの情報も得られていない今、そう決めつけるのも浅はかだ。


受付の女性に、お見舞いに来た事を告げる。

その瞬間、彼女の表情が一気に青ざめた事がはっきりと分かった。

それに、俺も戸惑いを隠せなくなる。

「祐奈さんは、今は病室にはおられません」

彼女は冷静になって、こう告げてきた。

「現在、病状の悪化により、緊急手術を受けています、病室でお待ちになられますか?」

俺は、深呼吸をした後、ゆっくりと頷いた。

一体、彼女の身に何があったというのだろう。

とてつもない恐怖と焦りで、頭がいっぱいになる。

「光綺くん」

震える手で病室のドアを開けようとした時、後ろから呼びかけられた。

振り返ると、そこには祐奈を担当していた看護師がいた。

「光綺くん、ちょうどよかった、今家に連絡を入れようとしていたところなの」

「そうなんですね、それで、祐奈の状態は」

すると、彼女もまた表情を暗くして、言った。

「正直、良いとは言えないわね、ついさっきまで心臓も止まっていたの」

「え……」

ゾッとした。

そんな状態になって、祐奈はこの先大丈夫なのだろうか。

俺はただ無事を祈ることしかできないのだった。


学校には、今日は休む事を伝えた。

数時間たった時だった。

祐奈の母親も病院に駆けつけており、辺りには緊迫した雰囲気が漂っていた。

ふと、病室のドアが開き、1人の医師が入ってきた。

疲れ切った様子を見るに、手術の担当医だったのだろう。

彼がゆっくりと、口を開いた。

「手術は、成功しました、ただ…」

その後、彼は祐奈の母親を別室へと呼んだ。

その時点で、俺は察してしまった。


案の定だった。

その後、俺も祐奈の母親と入れ違いで別室へと呼ばれた。

そして、告げられた。

ただ、その一言を。


「祐奈さんは、今日までかもしれません」

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