現実のコンフィーネ 《AGAINST》

§oya

《創られた天国》

天国と地獄というのは、世界中の人間が知っているだけの一つの迷信だ。

死んだ後自分がどうなるかわからない、そんな不安が天国を生み出し、悪事を働かせないように地獄という概念が生み出された。

それだけに過ぎない。

では、実際に天国があれば、人々の暮らしはどう変わっていくのだろうか?

安心して天寿を全うすることができるのだろうか?


しかし、現実はそれほど甘くはなかった。


これは、俺、夜越光綺と、彼女、細石祐奈の、現実を超えた物語だ。


目を覚ます。

ゆっくりと体を起こし、時刻を確認する。

午前4時。

そろそろ行かなくては。

制服に着替え、軽く朝食を取ったあと、病院までの道を歩き始めた。


まだ少し寒さが残る2月下旬。

こんな朝早くに家を出てまで、やらなければいけないことがあった。

病院につき、一目散に目当ての病室に行く。

病室のドアを開くと、そこには待ってくれていたかのように、体を起こした彼女がいた。


「おはよう」

二人の声が重なり、お互い自然に笑みが溢れる。

病状は決して良いとは言えない、そんなときでも、こうやって笑っていてくれる彼女のことが、本当に好きだった。

そこからは、普段通りの世間話が続いていた。

こうやって、学校に行く前に彼女の元へ行くのが、毎日欠かすことのできないことだ。

「それでな、先生がそんな事言うから、思わずみんな静まり返ってな」

学校であったこと、聞いたことを、一つ一つ丁寧に祐奈に伝えていく。

それを、彼女は真剣に、時に笑みを溢しながら聞いてくれていた。


気づけば、時刻は6時を過ぎていた。

「そろそろ時間だな...」

「そうだね、今日もありがとう」

「彼氏として当然のことをしてるだけだからな、むしろ俺のほうが色々と救われてる」

「そう言ってもらえると、嬉しいんだけど...」

ふと、祐奈の顔が暗くなる。

そして、ゆっくりと告げられた。

「成績の方、大丈夫なの?」

一瞬、心臓が強く脈動するような感覚に襲われた。

少し息を深く吸い、言葉を返す。

「ああ、何も問題ない、急にお母さんみたいなこと言うな」

そう微笑しながら言うも、彼女の顔は未だに暗いままだった。

「そう、でも学校終わってからも来てくれるから、勉強しっかりできてるのか心配だったの」

そう言葉を溢した彼女の肩に、そっと手を置いて言った。

「大丈夫だから、まずは自分の体を心配してほしい」

その言葉で、やっと彼女は笑みを浮かべて、こう呟いた。

「分かった、ありがとう」


なぜ、あんなに自信を持って言ってしまったのだろう。

成績について、何も問題ない?

そんなことは、一切なかった。

苦手な国語や英語はもちろん、得意な数学だって、最近勉強に力が入らない。

高校2年という、それなりに大切な時期なのは分かっているが、それでも、できることなら少しでも多く彼女の横にいたかった。

ただ、今回こうやって、心配をかけたくないという名目で嘘をついたのが、本当に良かったのかは自分でも分からないのだった。


俺と祐奈は、2025年、まだ新型アデノウイルスが世界各地で猛威を振るっている年に生まれてきた。

祐奈は2歳にしてウイルスに感染、祐奈の父親は彼女を必死で看病したが、自分がウイルスの脅威にさらされこの世を去った。

その後集中治療室に入れられた祐奈は、奇跡的に回復した。


ただ、2037年、俺たちにさらなる脅威が立ちはだかった。

ウイルスの影響で各国の経済力が著しく低下し、それは戦争の種と成り果てた。

そう、第三次世界大戦の開戦こそ、この世界を大きく変えてしまった分岐点だと言っても過言ではないと思う。

実際に、俺は身体能力を認められ、12歳にして最前線で戦っていた。

祐奈も、医療技術を教え込まれ、医療班として人々のサポートに当たっていた。


再び平和が訪れたときには、世界の人口は開戦前の三分の一になり、各国でこれ以上戦争について発言するのは、タブーとなっていった。


そんな最悪の年月を経て、俺と祐奈は教育補填学校に入学し、それぞれの新しい学生としての人生を送った。


そして、俺たちは黎明高校で出会うこととなった。


俺は、なかなかクラスに馴染むことが出来なかった。

戦時中の厳しい指導や生活を続けていたこともあり、人が集まり談笑している、そんな雰囲気が苦手だった。

特に、俺のことを知っている者には、今までにないくらいの嫌悪感を抱いていた。

彼らの口から語られるのは、人殺しといった言葉ばかりだったからだ。

そんなことを言ってくる奴らに限って、戦時中疎開し、遠くから眺めているだけだったというのが、更に俺の心をかき乱した。


そんなこともあり、クラスに馴染めていない俺によく話しかけてきたのが祐奈だった。


祐奈はいつも笑顔だった。

まるで素の表情がこれであるかのように、絶えず笑顔でいた。

本人曰く、戦時中医療班として負傷者の手当てをしている際、表情が硬いのを気にして、笑顔でいることを決意したらしい。


そんな祐奈に、俺はいかなる時も救われてきた。

俺たちの間で、戦争の話題になることは一切ない。

祐奈は今までの面白かった話や驚いた話、とにかくたくさんの事を教えてくれた。

人々の温かさと、冷たさ、そういったものまで。

正直、学校で授業を受けているよりも、そういった祐奈の話を聞いている方が幾分も楽しかった。

実際、祐奈のおかげで知識豊富な今の俺があると言っても過言ではないだろう。


俺が彼女に好意を抱くのも時間の問題だった。

高校に入って2ヶ月が経ったとき、俺は祐奈に告白した。

そうして、今までとは一変した、楽しい日々を送ってきた。


だが、祐奈は病に倒れてしまった。

細胞溶解性肺機能障害、通称CPDと呼ばれることとなった、未知の病。

2歳と言う若さでウイルスの影響を受けてしまったことで、残留していたウイルスによって肺細胞が溶解、肺が徐々に機能しなくなっていると、医師には言われている。


今日、2042年2月24日をもって、祐奈のCPD発症から約6ヶ月が経過する。

俺は、知ってしまった。

医師が話していたのだ、祐奈はそれほど長くは持たないという事を。

正直、想像すらできなかった。

ああやって笑顔を見せてくれる人が、あと少し経てば帰らぬ人となってしまう事。

もうこうやって、話すことすらできなくなってしまう事を。


今日も、相変わらず重い体を引き摺りながら学校へと向かう。

教室に入り、静かに授業の用意をしていると、至る所から同じ内容の話が聞こえてきた。

「あれ知ってる?人工的に作られた天国みたいなやつ」

「PARAISOのことだよね、確か政府が創った仮想世界みたいな」

そんな言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

戦時中、俺は敵のセキュリティを攻撃するため、プログラミング技術も教え込まれていた。

だからこそ、どういう技術を用いれば、人口の天国なんてものを作れるのかどうかが疑問だった。


家に帰った俺は、すぐさまパソコンを開いた。

放課後の祐奈との約束の時間は、いつも18時からと決まっている。

それまでPARAISOについて調べようと思ったのだが、どこも同じような情報ばかりだった。

結局分かったのは、死者の記憶をデータ化し、メンシステムと転移室の装置を介して、必要なものを抽出しPARAISOに転送するといったことだけだった。

いつPARAISOに入ることができるようになるのか、政府のどの部署が担当しているのかは、全くもって分かっていないようだ。


気づけば約束の時間になっていたため、俺は病院へと向かっていた。

相変わらず、頭の中はPARAISOに関する疑問で埋め尽くされている。

病室のドアを開けようとすると、中から見知らぬ人物の声が聞こえてきた。

ドアにかけていた手を下ろし、その話を聞くことにする。

声から男だと言うことは分かったが、聞こえてくる内容はどれもあやふやだった。

しかし、確実に耳に入ってきた単語が一つあった。

PARAISO、の一言が。

俺は、色々な推測を立てていた。

男が政府の人間である可能性、そして。

考えたくはなかったが、祐奈がPARAISOの居住者になる可能性まで。

足音が、近づいてくる。

俺は慌てて、足音を立てずにその場を離れ、いかにも今来たばかりであることを装った。

扉が開き、長身でスタイルのいい男が病室から出てくる。

そして、俺たちの視線が交差した。

「……っ⁉︎」

思わず、驚愕のあまり声にならない声を溢してしまう。


男は俺を認識したあと、不敵な笑みを浮かべて去っていった。


あれから、俺は祐奈に男について何も聞くことができないまま日時は過ぎていった。

聞こうとしても、あのわざとらしい笑みが脳裏に浮かび、思わず身震いしてしまうのだった。

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