第66話

 理恵さんとそんな会話をした放課後の教室。

 このまま崎川の家に行こうかと本気で考えながら帰り支度をしていた私のカバンの中で軽快な音楽が奏でられた。


 音を聞いて誰からの着信かはすぐにわかった。

 慌ててカバンの中を漁ってスマホを取り出す。

 すぐさまアプリを立ち上げ『恭介』の画面を開いたが――。


『もしかして同じクラスの遠山さんですか?』


「……ぇっ?」


 視界に飛び込んできたメッセージに、つい声が漏れた。

 だがその奇妙さよりも、崎川から返信が来たことに心は一気に浮いていた。

 

『通話して良い?』


 とにかく声が聞きたい。その気持のほうが大きくて無心で文字を打つ。

 返事を待つ時間すらもどかしくて、指を画面の上で待機させていた。

 だが返ってきたのは。


『今ですか?』


 予想外の返事。慌てて指を画面からはずした。

 てっきり『どうぞ』というような返事、もしくは崎川から通話をしてくれると思っていた。

 

『都合悪い?』


 画面に指を滑らせる。

 それすらも面倒に感じてしまう。通話ボタンを押したい衝動にかられるのを必死に堪えた。

 しかし次に崎川から送られて来たメッセージに、その気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。


『直接話したいことがあります。できれば二人きりで。大事な話です』


 見た瞬間、思考が麻痺をした。

 ぼわんと目眩を覚えるような感覚に包まれる。ついで鼓動が早くなった。

 私はスマホを凝視し、何度も画面の中の文字を確認する。もちろん書いてある文字は変わらない。

 そのシチュエーションを想像すると、胸の鼓動は更にうるさく高鳴った。

 だって、通話をもったいぶった挙げ句に。


 二人きり。大事な話し。

 これって……。つまり――。


 小学校高学年くらいから中学校を卒業するまで。この期間は2ヶ月に一度くらい。

 高校に入ってからは私の学校内での態度があからさまに素っ気ないこともあって、流石に数は少なくなったが、それでも告白は度々受けていた。


 だからわかる。わかってしまう。

 告白をしてくれる時の男子って、やっぱりちょっとした言動や雰囲気がいつもと違うものだから。

 それに特に恋愛対象として見ていない男子からだったとしても、緊張しながらも真摯に。でも勇気を振り絞って気持ちを伝えてくれるのは、女子としてはやっぱり嬉しいものなのだ。


 それが今回は相手が崎川。

 しかもLIMEメッセージなんかじゃなく、ちゃんと面と向かって言ってくれようとしている――。


 そう。そういうことなのね。

 だからこんなにも回りくどいことをしているわけね。

 もう、崎川。

 もっとスマートに誘ってくれてもいいのに。

 でもこんな不器用なところも彼らしい。

 それすらも愛おしく感じてしまう――。


「ん、んんっ」


 無意味に咳払いをして、窓から空を見上げた。

 小さな雲が多少浮いているが、とてもよく晴れた午後だ。

 ――なんて、なんて気持ちの良い日なのだろう。

 そのまま目をつむる。

 気持ちを落ち着けるために大きく息を吐きだしてから、返事を打った。


『私はいつでも』


 たった数文字。その短い文字列を打つ指が震えていた。

 それから1分程。スマホは沈黙を決め込んでいたが、着信音が鳴った。


『では、これから僕の家にこれますか』


「……えぇっ!!」


 送られてきたその内容に、私は先程よりも大きく驚きの声を上げてしまう。

 教室に残っていたクラスメイトの視線が一斉に私に向けられた。

 きっと緩みまくっているだろう私の顔。

 恥ずかしさのあまりに、さっと背けた。


 体育館横で転倒し、意識を失って入院。

 今日は学校には来ていない。退院はしているが療養中と理恵さんから聞いている。

 まだ体調が万全ではないのかもしれない。

 そんな状況だというのに、そこまでして私に気持ちを伝えたいということ……?


 体がかぁっと熱くなる。

 

 そんな無理しなくていいのに……。

 体調的にも時間的にも、ちゃんとしている時で私は構わないのに……。


 でも、嬉しくて仕方がなかった私は。

 

『大丈夫。行きます』


 小さく震える指でそう返事を打って、廊下に出た。


 崎川が私のことを考えてくれている。

 ちゃんと意識してくれていた。

 何よりもそのことが嬉しくて、廊下の窓から外を眺めて誤魔化しながら歩かなければならないくらい、自然と笑みがこぼれてしまった。


 不謹慎だとはわかっている。

 けれど――。


「やたっ!」


 口の中で小さく叫んで、ととんっとステップを踏んだ。

 

「あ……。ト、トイレ行こう……」


 誰に言うでもなく呟いて、踵を返す。


 崎川のメッセージが不自然であることなど忘れてしまうくらい、この時の私はバカみたいに浮かれきっていた。



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