第67話

 

「んっ! んんっ!」


 久しぶりに訪れた崎川家の玄関前で咳払いをした。

 緊張で口の中はカラカラだ。声が出ない。

 心臓はバクバクと破裂しそうなくらいに高鳴っている。


 ……べ、別に私が緊張することなんて無いのにっ!


 とは思っていても、崎川に会えるということ、ただそれだけで単純に嬉しかった。

 たった2日しか経っていないというのに――。自分でもこんな気持になるなんて、まったく驚きだ。


 それに今日は大事な話がある、二人で話したい。

 そう言われているのだから尚さらというものだ。

 しかも崎川の家を指定されるなんて……! そんなの余計に緊張するに決まっているじゃない!

 だって……崎川の部屋で二人きりなのよ!?

 急な展開とかあったりしたら……ってやっぱり考えてしまうでしょう!?


 ううん――。

 でもダメ。

 それはダメよ。崎川。


 そういうのはちゃんと順序を踏んでから。


「んんっ!」


 もう一度咳払いをして気を取り直す。

 手鏡をカバンから取り出し、学校のトイレで整えた身なりの最終確認をする。

 

 髪は崩れていない。よし。

 ちょっとお高めの化粧品で薄く化粧もしてある。よし。

 制服のリボン。よし。シャツのシワ。よし。

 そうだ! リップはもう一度塗りなおしておこう。


 うん。大丈夫。

 あとは崎川の言葉を待つだけ。


 覚悟を決め、何の変哲もないインターホンを見つめた。

 ……が、やはりボタンを押す勇気が足りなくて、また余計な思考が巡ってくる。


 どういう言葉で、告白してくれるのだろう……。


 崎川なら男らしく『俺と付き合って欲しい』。

 それとも好意をストレートな言葉で伝えてくれるかも。


『お前のことが好きだ』


 ――ぼんっ。

 想像しただけでそんな音がしそうなくらい、顔が熱くなった。


 ……さ、崎川のことだから、どちらにしても遠回しな言い方はしなさそう。けれどもああ見えて案外シャイなところがあるのも知っている。

 もしかしたら直接的な言葉は使わないかもしれない。

 出来れば回りくどいことはしないで、気持ちをただはっきりと言ってくれるだけで良いのだけれど――。


 そういえば……。

 私、なんて答えればいいんだろ……。


『俺と付き合って欲しい』


『うん、いいよ』


 みたいな軽い感じでいいかな?


『お前のことが好きだ』

 

『私も同じ気持ち』


 ……待って。

 ちゃんと私も言ったほうが良いのかも。


『私も好き。あなたが好き!』


 ぼんっ!

 ……そ、そんなこと恥ずかしくて言えるわけない!


 ああっ! 無理! 想像しただけで無理!


 だって仕方ないじゃない。

 いままで受けた告白はすべて。

 「ごめんなさい。あなたと付き合う気はないわ」みたいなことを言って、お断りをしてきた。

 いわゆる普通の男女交際なんて出来るとは思っていなかった私にとって、OKするという選択肢は存在していなかったのだから。


 そういえば皆、どうやって交際を開始しているのだろう。

 友達とそんな浮いた会話をするような生活、ずっとなかったからわからない。

 わからなすぎて――。

 昔読んだ少女漫画を思い出した。


 普段は喧嘩ばかりしているけれど、本当は大好きだった彼に告白される主人公。

 すごく嬉しいのに、恥ずかしくて黙りこくってしまうのよね。

 その後どうなったんだっけな。


 たしか――。

 彼が優しく彼女を抱き寄せて、微笑むのよね。

 主人公は更に無口になってしまうのだけれど、彼の長く綺麗な指が頬に触れる。

 その指がつぅーっと動いて顎にたどり着くとくいっとあげて……そして――。


 えっ……キ、キスしてた!!?


「んんんんんん――っ!!」


 体が熱いっ!

 だからそれはダメッ!

 ダメだからね! 崎川!


 ちゃんとデートを重ねてから!

 二人の気持ちを育んでから!


 それに、こういうのは所詮漫画の中の話よ。

 実際はそんなロマンティックなこと、あるわけないわ。

 うん。そう。あるわけない――。


 そういえば崎川の部屋。

 座るところがなかったのを思い出した。


 前に行った時はベッドに座るように勧められたのよね。

 あの時は他人のベッドに制服で座るのは失礼かと思って、遠慮をしたけれど。


 今日もベッドを椅子代わりにするのかしら?

 崎川が気にしないのなら、別にベッドに座っても良いのだけれど――。

 

 もし私がベッドに座るとするじゃない?

 崎川も私の横に座るじゃない?

 崎川が告白をしてくれるじゃない?

 私が返事をするじゃない?

 二人で照れたりしながら、会話を重ねるじゃない?

 良い雰囲気になって、そして……。


 …………えっ?


 そ、そのままベッドに!?

 押し倒される!?


 ええ!!? い、いきなりそういうこともある!!?

 

 ま、待って! 

 む、無理よ!

 それは絶対に無理っ!!


 ちゃんと断りなさい! 葉月っ!


 で、でも崎川も年頃の男子よね……。

 そういうのが我慢できない年頃って何かの雑誌で偶然……そう本当に偶然だけれど読んだことがある。



 他意はないけれど。

 本当に別になんの意味もないけれど。


 可愛い下着は着けている! よしっ!!!



 ……なんてね。



 崎川ならきっと大丈夫。

 私の期待に答えてくれるに違いないもの。


 すぅー。ふぅー。


 ラジオ体操のように、大きく息を吸って。吐きだして。

 震える指を、ゆっくりとインターホンに伸ばした。

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