サイドストーリー
【本編 第57話~】遠山葉月視点
第64話
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読者の皆様へ
当サイドストーリーは『本編57話』ラスト以降の遠山葉月視点となります。
本編の補完的ストーリーとしてお楽しみ頂けたら幸いです。
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私と日山さんに問い詰められ走り出した崎川。
唖然とする日山さんを横目に、私は立ち上がり彼を追いかける。
私と日山さん――。
はっきりして欲しかった。
だが体育館の角を曲がった時。
地面に吸い寄せられるように倒れる崎川が視界に飛び込んできた。
ダンッ。
鈍い音を立て、全身から力が抜けたかのように地面に体を打ちつける。
「――崎川っ!」
受け身を取る意志すら感じない、あまりに不自然な倒れ方だった。
転がる彼のもとへ急ぐ。
「さ、崎川……? ねぇ、崎川っ! 大丈夫!?」
出血は見られない。幸いなことに大きな外傷はないらしい。
しかし意識を失っているのか、力なく地べたに転がったままだ。
呼びかけに反応を示さないことに、不安がよぎる。
もしかして。と、最悪の事態を考えてしまう。
素人が下手に動かすべきではない――。それはわかっていながらも彼の体に触れ少しだけ揺すってみる。
崎川。崎川。
やはり彼は目を開けることも返事もしない。力なく揺られるだけだ。
でも、なんだろう――。
どこか、違和感がある。
眼の前で倒れいているのは間違いなく崎川なのに、何かわからないけれど、まるでパズルピースを間違えてはめてしまったときのような違和感があった。
日山さんもやってきた。倒れる崎川に目が泳いでいる。
「きょ……恭介くん……え、なに……どうしたの……」
「わからない。突然倒れたのよ。……誰か呼びましょう」
「あ、う、うん……保健の先生……」
しかし日山さんはそう言ったきり動こうとはしなかった。
ただ崎川を凝視し、呆然と立ち尽くしている。
「日山さん。私がいってくるから、崎川のこと見ててくれる」
「……え、あ、うん……」
やはり言葉は上の空だ。
いまの日山さんに崎川を任せるのは心配だが、私がやるしかない。
教師を探そうとしたとき。
「お前らもうすぐ授業始まるぞ! こんなところでなにして――」
体育館の通路奥から声が聞こえてきた。
以前、私の喫煙現場を見つけた生徒指導の教師だった。多少の気まずさを覚えたが、構わず叫ぶ。
「先生! 崎川がいきなり倒れて!」
「……なに?」
不穏な様子を察してくれたのか、教師は慌てるように駆け寄ってくる。倒れた崎川の前で膝をついて顔を覗き込んだ。
「………お、おい! 崎川!?」
動かない崎川に教師は動揺を見せる。
すぐさま腕に触れ、脈を測り始めた。
「……脈――は問題ない。呼吸もある。気を失っているだけか? ……遠山、何があった」
「わかりません。突然倒れたんです」
「突然……?」
「はい」
「……気になるな。とりあえず保健室に運ぶ。人を呼んでくるから少し見ていろ」
「はい……」
そう言って教師はまた通路奥に急ぐ。すぐにもう一人教師を連れて戻ってきた。
脇には担架を抱えている。行動が早い。こういう時は頼りになる人だ。
「授業が始まるからお前たちは教室に戻れ」
「え、でも。私も……」
一緒に行こうとするが。
「お前達がいても仕方ないだろ。詳しい事情は後ほど聞かせてくれ――――じゃあ、運びましょう」
私の付き添いはきっぱりと断られてしまった。教師はゆっくりと崎川を担架に乗せ、去っていく。
崎川――。
遠ざかる彼の名を心で呟いた。
ただ見守ることしかできない。それが悔しかった。
*
こんな時だと言うのに、仕事はある――。
ありがたいことではあるのだけれど、昨日崎川が倒れてから一度も彼と連絡を取れていない。彼のことが心配で仕方がなかった。正直なところ、仕事に身が入るわけがなかった。
昨日。崎川が倒れた日の放課後。
私と日山さんは現場に居合わせたことで、教師から事情を聞かれた。
だがそもそも私が崎川を発見した時は倒れる寸前だったし、日山さんは私よりも遅く来ている。私達も状況を理解できてはいないから大した事は話せない。
むしろこちらが聞きたいくらいだった。
「……崎川はどうしていますか」
「俺の知っている限りでは意識は戻っていなかった。学校ではできることが限られているから念のため病院に搬送したが……まあ、あの崎川だ。心配することはないだろう」
といって、教師は私に意味ありげな笑みを浮かべた。喫煙と謹慎のことだろう。
しかし教師もそれ以上は把握していないらしく、そんな気休めの言葉しか聞けなかった。
昼過ぎに救急車の音が聞こえてきたから、病院へ運ばれたのはわかっていた。
学校で対処できる最大をしてくれたとは思うが、私の気持ちはどうにも重い。
もちろんそれは崎川の様態が気になってのことではある。
だが、理由はそれだけではない。
倒れた時の崎川の様子。
あの時のことを思い出すと、何故か不快なざわつきを感じてしまう。
私とお昼ごはんを食べていた時はいつも通りの彼だった。
ぶっきらぼうで。でもとても暖かくて。それでいてシャイなところもあって。笑顔がかわいらしくて。一緒にいると心がふわふわしてしまう。もっと傍にいたくなってしまう――。
そんな人。
しかし倒れた崎川を見た時。
言葉にするのは難しいのだけれど、芯がすっぽりと抜けたような、生気が失われたような――。
そんな風に私の目には映っていた。
敢えて言うならば――。
まるで別人のよう。
意識を失っているから、というだけでは説明のできない何かを感じていた。
その記憶が頭から離れなくて。
とにかく崎川と連絡が取りたかった。会いたかった。
それなのに昨日は夜から仕事。
今日も昼に学校を早退し、まさにいま仕事中――。
「葉月ちゃーん。次いこうか!」
ディレクターの声が聞こえてくる。
先程撮影したコーディネートの写真チェックが終わったのだろう。
「あ、はい」
「今日は衣装替え多くて長丁場になるけど、頑張ってね」
「……はい」
返す言葉もつい単調になってしまう。
今日も帰るのが遅くなりそうだ。崎川のお見舞いに行くことはできそうにない。
だから不謹慎かもとは思ったが、どうにも我慢ができずにLIMEメッセージを送ってしまった。
返信が来ていないかと気になってしまって、まだ10分も経っていないというのに何度スマホを見たことか。
「葉月ちゃん! はやく!」
「すいません。いま、行きます」
急かす声に椅子から立ち上がる。その前にまたスマホを手に取った。
何の変化もない画面を伏せて、私はカメラの前に向かった。
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