第14話
【side 遠山葉月】
帰宅してしばらく経つというのに、とくんとくんと心臓はまだ高鳴っていた。
とても久しぶりのLIMEの交換が男子とだとは思いもしなかった。
しかも私から交換を申し出た。
大胆な行動を取ったことに自分でも驚いていた。
話の流れからしたら、不自然ではなかったはずだと自身に言い聞かしながら、
『恭介』
と書かれたアイコンをタップする。
『頼むぜ! 棘姫!』
とメッセージが来ている。
LIME交換した時に確認がてらやりとりしたメッセージだ。
『びしびしいくから』
と私は送り返しているが、今更だがもっとよい返事がなかったのかとモヤモヤする。
なんだろうこの感覚――とても久しぶり。
そもそもLIMEを同級生とやること自体が久しぶりだ。
両親かマネージャー。もしくはその時必要な仕事関係者との連絡用ツールに成り果てていたこのアプリが、突如として色づいていた。
今までは連絡がある度に憂鬱な気持になっていたのに、何か連絡が来ていないかと気になって仕方がない。
「バカね……」
崎川とLIMEの交換をしたのは、ただ連絡を容易にするため。
私達はあくまで勉強を教えるだけの関係。
タバコの身代わりになった彼への恩返しに過ぎない。
だから彼からそれ以外の連絡がくるはずなんてないのに。
そんなことはわかっているのに。
ついついスマホを見てしまう――。
またスマホを手にとって眺めている。
LIMEの着信通知は当然ない。
それは当たり前のことなのに少し残念な気持ちになって机の上にスマホを置いた、その時だった。
ピロン♪
LIMEメッセージの着信音が鳴った。
私は直ぐ様スマホを手に戻して通知を見る。
『恭介』
という表示に胸がきゅっとする。
急いでロックを解除。アプリを起動した。
『理恵の説得に苦戦中。応援頼む……ごふっ……』
彼に勉強を教える約束をした後、別れ際に崎川は言っていた。
「理恵に抵抗されると思うけど、なんとかする!」
なんとか……なっていなさそうね。
それにしても崎川と妹の理恵さん――。
血が繋がっていないという関係性の二人。
理恵さんは崎川に対して特別な感情を持っているようだった。でも崎川はそれを受け入れる気は無い。
皆、色々と問題を抱えている。
でも、申し訳ないと思いながらも、困って慌てふためく崎川を想像したらちょっと楽しくなってしまった。
私はLIMEに返信する。
『頑張って。遠巻きながら応援しているわ』
『マジで洒落にならない。部屋に逃げ込んだがドアめっちゃ叩かれてる』
『あら、大変。壊れないと良いわね』
『もし俺が明日学校にいなかったら、そういうことだと思ってくれ』
『逃げてても解決しないんじゃない? 説得するしかないでしょ?』
『他人事みたいにいうな! こないだ見たろ、俺の妹はやばいんだよ!』
『実際他人事だもの、仕方ないじゃない』
『冷てぇぞ! 氷女!』
『あら、『氷姫』が出ちゃったかしら?』
『うがぁぁぁ!!』
悶える崎川の様子を体現するスタンプが送られてきた。
それに対して『氷姫』の公式スタンプから澄まし顔を選んで送り返す。
するとお返しとばかりに崎川からは怒りのスタンプが連続で送られてきた。
メッセージが勢いよく流れていく。
「ふふっ」
こんなくだらないやり取りなのに、声を出して笑ってしまった。
メッセージのやり取りがこんなに楽しいだなんて、いつから忘れていたのだろう。
***
放課後の教室で二人きりの勉強会は絶対に許さないと言って聞かない理恵。
なんならそこに自分も参加すると言い出していた。
というよりもただ勉強を教えてもらうだけなのに、何故か理恵の許可を得ないといけない流れになっている。
崎川恭介は高校二年の男子だぞ?
おかしいとしか言いようがないと思うのだが?
しかし理恵は当たり前だといわんばかりに声を荒げる。
「女ってのはね、お兄ちゃんが思っているほど清楚でもおしとやかでもないんだよ! 気になっている男子と二人きりになったらもう何が起ってもおかしくないんだから!」
「いや、あの遠山だぞ……?」
「ううん。葉月さんがなんでお兄ちゃんなんかに教えるのか、むしろ怪しい!」
「兄に向かって、なんかって言い方はないだろ……」
「葉月さんだってね、普段は周りと無関心みたいな顔しているけど、結局は女なんだよ! いつ野獣になってもおかしくないんだから! いきなり牙を剥いて襲いかかってきたらどうするつもり!? 断れると思う!?」
それは普通、男子に対して言うセリフなんだよなぁ……。
あのツンと澄ました無愛想な遠山が野獣化していきなり襲ってくるとか、まったくもって豊かな想像力だ。
それに16歳の小娘に言われなくても、それなりに恋愛経験を積んできた32歳の俺だ。
女性にも性欲があることくらいは重々知っている。
だがそもそも、俺――崎川恭介があの遠山とどうこうなると、どうして思えるのだろうか。
モデルで芸能活動もしている遠山。
一般人である崎川恭介に恋愛的な興味を持つなんてありえないだろうに。
しかも中身がおっさんの俺からしたら、理恵も遠山も下手したら娘みたいな年齢だ。一線どころか、マリアナ海峡並みの隔たりすら感じているところだ。
しかし、崎川恭介の中身が本当は俺――鈴木隼人になっていることを知らない上に、特別な感情を抱いていしまっている理恵からすれば、二人きりの勉強会はなんとしても阻止したい、というのもわからなくはなかった。
そこで俺は記憶喪失の影響で学力が危険であることを丁寧に伝え、やっと譲歩してくれたのが――。
「うーん、図書室なら二人きりになることもないか――」
図書室で勉強会を行うことであった。
図書委員も含めて常に誰かしらはいるし、雰囲気的にも無駄口が聞けないということで、理恵の許可が降りたのだった。
あと遠山の学校でのキャラ付けも最終的には役に立ったことを付け加えておく。
無愛想で無関心な『氷姫』の演技も役に立ったじゃないか。
俺は遠山にさっそくLIMEした。
『勉強教えてもらうの、図書室でいいか?』
『理恵さんから許可でたの?』
『しぶしぶな』
『図書室。あまり喋れないのは辛いところだけど、まあ大丈夫じゃないかしら』
『じゃあ頼む。俺も頑張る』
『わかった。まずはどの程度の学力なのかみせてもらうわ――』
なんて具合で和やかにLIMEのやり取りを終えた。
だが次の日。
放課後の図書室で遠山は小声だが呆れ返るように言った。
「崎川、本当にこの学校に受かったのよね? これ中学で習うことよ――」
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