第13話
「そんなことで? 頑張れば良いだけじゃない」
授業についていけない事を正直に話すと、無愛想でお馴染みの遠山葉月は呆れ返ったように言った。
「うるせぇ……。昔から学校の勉強が嫌いなんだよ」
そう、10年以上前からな。
呟くように本心を漏らした俺に、不審な目を向ける。
「じゃあ、なんでこの学校受験したのよ。ここ、結構な進学校よ?」
「……え?」
マジで?と続けてしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
そういやこの学校のことなんて全く知らない。そうかここは進学校なのか。どうりで授業が難しいはずだ。納得してしまった。
一体何の因果があってこの体に転生したのか、一層わからなくなってくる。
遠山の視線を感じた。ちらりと横目で見ると、圧の強い目でこちらをじいっと見ていた。
どうやら俺が答えるのを待っているらしい。面倒なこと聞くなよ。
「なんでって、そりゃ……この学校で勉強したかったからに、決まってんだろ……」
「え? あなた、昔から勉強が嫌いってさっき言ったばかりよ?」
「……あ」
急かされているようで、思いついた事を口にした。それが仇となった。
「う、うるせぇなぁ……! 色々あんだよ俺にも、事情つーもんがよ! 細けぇことなんて……べ、別にいいだろうが!」
今度は唾を飛ばさんばかりに、怒鳴るように声を張った。勢いで乗り切ろうとしたのだ。
だが流石にこれ以上適当に話すのはキツイと感じる。どこかでボロがでてしまいそうだ。
いっそのこと必殺の記憶喪失ネタをこいつにも使っちまうかと考えていたが。
「色々……ある。そう、よね。ごめんなさい。勝手なこと言って。あなたのことよく知らないのに」
遠山は俺の苦し紛れの言葉に、意外にも真剣な顔を向けた。
少し戸惑いながら言う。
「お、おう……。べ、別に良いってことよ」
「そう、ありがとう」
何故か戸っ子みたいな口調になってしまった俺に、かすかな微笑を浮かべて感謝を述べる遠山。なんだこれ。凄い罪悪感を感じるのだが。
こういう時は、とっとと話を変えるが勝ちだ。
「……つーか、お前。こんな辺鄙なとこに、何しに来たんだよ」
敢えて言えばグラウンドが見渡せるくらいしか取り柄のない場所だ。
殆どの生徒は通る必要すらないのだ。本当に何をしにきたのかわからない。
遠山はそのグランウドになんとなしに視線を向けて言う。
「お昼休みくらいは一人になりたくて。いつもそういう場所を探してご飯食べているのよ」
「は? 一人になりたい? なんでだ?」
と言ったところで、理恵の言葉を思い出した。
『葉月さんに友達なんているわけ無いじゃん』
一人になりたいと本人が言うのだから、やはり友達くらいはいるってことだよな。これはその友達と飯を食いたくないってことか? むしろそれ、どういう関係だよ。本当に友達なのか?
しかしその疑問は、次の言葉で解決する。
「視線のないところ、っていうほうが正しいかしらね。一人が気楽なの」
少し寂しい顔をして、遠山は言った。
なるほど、周囲から常に向けられる視線ということか。
芸能人も大変だ。
……などと考えていたのだが、彼女は当然のように俺の横に腰おろした。
小さくて可愛らしい桃色の弁当箱を膝の上で広げる。
「……おい。何してるんだ」
「何って、ご飯食べるのよ?」
「いや、俺は良いのかって聞いてるんだよ」
その視線の一人であろう俺だ。率直に聞いた。
遠山は一瞬なんのことかわからないと言った顔をしたが、すぐに気づいたらしい。
「……ああ。構わないわ。だってあなた、『氷姫』のことなんて興味無いでしょ? ふふ。本当に失礼な人」
自分で言って、クスクスと笑っている。
失礼と言いながらも、興味のないことが嬉しそうですらあった。
「そりゃ、すまなかったね。なら今度見ておくわ。
冗談交じりに言うと、遠山は眉間にシワを寄せて不思議そうな顔をした。
「崎川……随分と古い雑誌知ってるのね。でもそれ、もう廃刊してるわ」
「うっそ! マジでっ!?」
驚きのあまり、つい声が大きくなってしまった。俺くらいの世代なら、男だって知っているくらい有名な女性誌だ。それが廃刊だって!?
「ええ、何年も前だったと思うけれど」
時代の流れが、時の流れが、恐ろしい。
「……じ、じゃあ、何を見ればいい? 特別にお前の出てる雑誌、買ってやるよ。売上貢献だ」
冗談で言ったことだが、せっかくなのでどんな姿で雑誌に写っているのか見てみるのも悪くはないと思った。
だが遠山はつまらなそうに言う。
「別に見なくていいわ。何か変なことされるのも嫌だし」
変なことってなんだ……俺をどんな人間だと思っていやがるんだ。
「んなことしねぇって……。ほんと人の親切踏みにじるヤツだな、お前」
「ふふ、ごめんなさい。でも本当にそんなことしなくていいわ」
遠山は意外にも素直な調子で謝った。
すると少しだけ楽しそうに、タマゴ焼きを頬張った。
さすがは現役モデル。小さな口でもぐもぐと食べる姿は、可愛らしいものだった。
それは『氷』とは真逆の印象を受けた。
こういうのは、雑誌には載らないのだろう。まったく。芸能人ってのは、本当に大変な仕事だ。
そんな彼女を横に、俺もまたパンをかじった。何ともなく二人でグラウンドを眺めながら無言で飯を食っていた。
すると遠山が思いついたように声をかけてきた。
「ねぇ。崎川」
「んあ?」
パンを口に含んだまま答えた。
「この間の件だけれど。恩返しさせてもらえないかしら」
「……この間?」
「タバコのこと」
「ああ、そういうのいらねぇって言ったろ」
「でも、崎川、勉強についていけなくて、あんな大きなため息を吐くくらい困っているのでしょう?」
「はっきり言いやがる……まあ、そうだが……」
ついていけないことはわかっているが、他人からはっきり言われると、なかなかに心に刺さる。
苦々しく遠山を見ると、彼女は綺麗に伸びている背を、更にすっと立たせた。真面目な視線を向けてくる。
「それなら、私が教えてあげてもいいわ」
「……は?」
「仕事があるからいつでもってわけにはいかないけれど。それで良ければどうかしら」
しっかりとした、ビジネス的ともいえるような口調だった。
なるほど、そういう恩返しか……と考える。たしかに悪くはない。
「でもお前、俺と一緒にいたら周りに何か言われるんじゃないか? 今朝俺と挨拶しただけで、クラスのヤツが大騒ぎしてたぞ? 今もやばいだろ、この状況」
「そうね。ずっと人と交流するのを避けていたから」
「寂しい青春してんなぁ……」
「あなた……。本当に一言多いと思うの。気をつけた方がいいわ」
「お前も人のこと言えないだろ」
言い返すと、遠山は「むー」と口をとがらせる。
「……だって仕方ないじゃない」
拗ねたように呟いた。
しかしすぐにいつも通りの顔に戻る。むしろ少し晴れやかな顔をこちらに向ける。
「やっぱり、こういうのって寂しいのかしらね?」
「友達いないってことがか?」
「ええ」
「まあ、そうとも限らないだろ。気の合わないヤツと一緒にいる必要はないし。でもお前の場合はわざとなんじゃないのか?」
「……そう思う?」
「お前の出てる雑誌もテレビもみたことないが、『氷姫』のキャラはイメージできる。たぶんそのキャラを学校でもやってる。そんなとこだろ?」
遠山はふっと小さく笑むと、少しだけ顔に影が落ちた。
「みんな、メディアのイメージで私を見るから」
「そんなことだろうと思たわ。だってお前、はたから見ると無愛想でキツイけど、話すと案外普通だもんな。……まったく大変なことで」
「褒め言葉として受け取っておくわ。でも、もう慣れてしまったけれどね」
「ほーん……そっか。なら今、俺と話しているのはどっちなんだろうな?」
「さあ? どっちかしら」
イタズラな笑みを浮かべる遠山。
そうだよ、そういう顔だ。その方が似合っている。
そう思いつつも。
「まあ。どっちでもたいして変わらないけどな」
俺も意地悪い回答をする。
「あ、ひどい!」
「ははは! 悪い悪い、間違った。少なくとも『氷姫』じゃない。そうだな棘姫ってとこだな」
「それ、崎川にだけは言われたくないのだけれど……」
頬を膨らまし、むくれる遠山は詰め寄り文句を言った。
そんな顔ができるなら、やっぱり俺は『氷姫』なんて呼べないんだよ。
「じゃあ、棘姫」
「……ネーミングセンスないから」
「悪いが勉強教えてくれるか? ……というかお前、勉強できるのかよ?」
「本当に失礼な人ね……。私の成績、学年トップクラスよ?」
そういや、生徒指導室で教師がそんなこと言っていたことを思い出す。
容姿端麗で勉強もできる。加えてメディアでの華々しい活躍。
なんでも持ってやがるな。
だからこそ、俺はまた冗談めかした。
「うわぁ……自分で成績優秀って言っちゃうなんて、本当にお利発なんですねぇ。すごいですねぇ」
「ねぇ……いい加減にしないと殴るわよ。教えるのやめるけど」
遠山は、小さな手にギュッと力を込めた。
可愛く構えて殴る素振りを見せる。
「いや、冗談だって、わかるだろ!」
「……もう。崎川のは冗談に聞こえないのよ」
少しやりすぎたのか。腕を組んでご立腹の様子をみせた。
そんな遠山に「わるかったよ」と俺は頭を下げる。
遠山は仕方ないなとでもいうように「ふぅ」と大きく息を吐きだす。
「じゃあ、放課後に時間作って。私も都合つけるから。その日の授業の復習から始めましょう」
「サンキュ! 助かるぜ!」
「棘姫は容赦ないから。覚悟しておくように」
両手を合わせて神頼みのごとく感謝する俺に、遠山は綺麗な目を細めて口角を緩めた。
「あ、なら。そうね――」
呟くように言うと、小さな手持ちかばんを探った。
薄桃色のケースを取り出す。
「……LIME、交換しておきましょう? 予定とか勉強でわからないところとか。連絡とるのに便利……でしょ?」
視線をずらし、どこか恥ずかしそうにしながら言った。
「お、おお……。そ、そうだな……」
その姿に、なんともこそばゆい感覚に襲われる。
口ごもる俺は、ポケットから急いでスマホを取り出したのだった。
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