第11話

 アニメでガミガミ怒られるシーンってあると思う。

 まさにそれだった。


 崎川恭介のベッドに遠慮なく腰掛ける理恵。

 床に座る俺。


 その態勢のまま30分ほどこっぴどく叱られた。


「だいたいね、お兄ちゃんは女ってものがわかってないんだよ」


「女ってほんと怖いの。お兄ちゃんみたいに優しい人はすぐに騙されるから! 葉月さんなんて超腹黒いからね!」


「お兄ちゃんのことを思って言ってるんだよ!」


 16歳の小娘に立て続けに説教を受ける32歳のおっさん。

 こういうプレイが好きでない限り、なかなかに苦痛の時間だった。


 よくよく考えなくてもわかることだが、俺が理恵に怒られる理由は無い。

 客観的にみれば同級生がただ家に遊びに来ただけだ。


 しかも理恵は血は繋がっていなくとも、あくまで妹。崎川恭介と恋人と言うわけではない。

 女性関係に対してどうこう言われる筋合いはまったくない。


 まあ、そのような正論が通用するくらいなら、こんな苦労はしていないだろうが――。


 諦めの気持ちで半ば聞き流しながら説教を聞いていたとき、そう言えばとふと思いついた。


 もともとこの二人はどういう関係だったのだろう。

 少し落ち着いた頃合いを見計らって、俺は聞く。


「……なあ、理恵」


「なにっ!?」


 しかし見誤ったらしい、まだままだ興奮冷めやらぬ様子で答える理恵。


「き、記憶が曖昧だから聞くんだが……。俺と理恵ってどういう感じでいままで過ごしてきたんだ?」


「……どういうって!?」


「例えばすごく仲良かったとか、べたべたしていたとか、いちゃいちゃしていたとか……」


 もしそんな感じで過ごしてきたのだとしたら、理恵の行動も多少は納得がいくのだが。


「んー……」


「ん?」


「嘘つきたくないし、思い出したらバレちゃうしな……」


 しかし理恵はもごもごと口ごもった。

 言いにくいということは、そういうことだろう。


「そんなにベタベタした感じではないかな。お兄ちゃんが私と距離取ろうとしてたのはわかってたし……」


 やはりか。

 崎川恭介は理恵の行き過ぎた言動に気づいていた。適切な距離を保とうとしていたんだ。

 それを俺が壊してしまったらしい。


 だったら尚更だ。今からでも方向修正するしかない。


「そうだよな。うん、そうだった気がする。思い出してきたぞ」


「……ねえ、それいま、何か関係ある?」


 だが突っかかるような口調で理恵は言い返してくる。


「……あ、あるだろ。これからもそうしなきゃって……」


「……なんで? 異性として魅力あるし可愛いって言ってくれたじゃん」


「だからさ、この間も言ったけどあれは客観的に見たらそう思うってだけだ。本当にそういう関係になりたいってわけじゃないっていうか……」


「…………私って……そんなに魅力ない……の……?」


 理恵は突如としてシュンとした顔をする。


「そ、そうじゃないって……! 理恵だってこの間はわかってくれたじゃないか……」


「諦めないとも言ったじゃん!」


 シュンとしていた表情が豹変。今度は涙目になって迫ってきた。


「ひどいよ……。適当な気持であんなこと言って期待させるなんて……!」


「……傷つけるつもりはなかったんだ……」


 ぐすぐすっと鼻をすすって涙を拭う。

 別に悪いことを言ったとは思っていないが、女の子を泣かしてしまっては、さすがに罪悪感が湧いてくる。


「……ご、ごめんって……」


「…………でも可愛いとは思ってくれてるんだよね……?」


「も、もちろんだ……! あ! でも、妹としてだぞ!」


「わかってる………………じゃあ、諦めない……」


「……ぇ?」


 聞き間違えかと思い、理恵に聞き返す。


「……いま諦めないって言ったか……?」


「うん、言った」


 先程までの涙はどこにいったのか。

 とても普通な顔をして理恵頷いた。

 確固たる口調で言葉を投げつけてくる。


「可愛いって思ってくれてるなら諦めない。ぜったいに諦めない! 誰にも渡さないから!」


 いや、もう怖いってぇぇぇえ!





 本当に困ったことになった。

 理恵の言動はさらにエスカレートした。

 

「何かあったらいけないから、部屋にいる写真を最低1時間おきに私にLIMEするように。いいね?」


「え? 普通に嫌だが?」


「え? なんで?」


「え? 面倒だから?」


 謹慎期間中の俺の行動を監視するつもりらしい。

 さすがに行き過ぎている。

 俺は理恵の提案にしぶとく抵抗した。

 なんとしてでもこんな束縛は避けなければならない。

 そして数十分に及ぶ悶着の結果。


「ふーん……そう。わかった」


 やっとのことで理恵の納得を得ることに成功した。

 こうしてこの件は引き下がってくれたとばかりに安心していた――のだが。


 しかし次の日。


 LIMEを送らない俺に対して、理恵から催促のLIMEメッセージが凄まじい勢いで届くことになった。


「写真送って」「はやく」「なんで送れないの」「怪しい」「誰かと一緒にいるの」


 授業中のはずなのにお構いなしにメッセージが送られてくる。

 どうやら納得してくれたわけでは、なかったということだ。


 俺が部屋に一人でいる写真を送るまで、延々と催促するつもりらしかった。

 ぶるぶると震え続けるスマホの電源を切ってしまおうかと考えたが、それでは何も解決しない。

 理恵が帰ってきたら、また悶着を繰り返すだけ。


 そしてついに俺は根負けした。

 ご希望どおりの写真を送ってあげた。

 すると、その後はもっと酷くなった。


「時計も一緒に写して」


 写真を撮り貯め、それを送ることを防ぐ為だった――。

 

 アリバイ工作する殺人犯か、俺は。

 理恵の崎川恭介に対する感情は危険な匂いがした。

 執拗なまでの執着を感じていた。


 だが――。


 行き過ぎた言動には手を打たなければと思いつつも、同じ家に住む身近な人間とはできるだけ敵対したくないという思いから、いまは理恵の言う通りにするしかないと諦めるしかなかった。


 そんなわけで理恵への報告義務が課せられた俺は、あまりにつまらないのでちょっとした筋トレでもしながら時間を潰すことにした。


 外出するため、トレーニングという体でジョギングも始めた。

 もちろん謹慎中だから短時間だし、外出するときは理恵に連絡、終われば報告、何か問題があったら相談するようにした。


 社会人の基本。

 『報連相』というやつだ。


 サラリーマンをやっていた頃はただ「面倒くせぇ」くらいにしか思っていなかったものだが、この『報連相』を徹底したことで、理恵はやたらと上機嫌になった。


 報告・連絡・相談することの有用さをこんなところで学ぶことができるとは――。

 どこで何が役に立つかはわからないものだ。


 そして若い体というものは、なんと動きやすいのか。

 酒とタバコと寝不足と。

 姿勢の悪さとストレスと。


 社会に揉まれてぼろぼろになっていた鈴木隼人の体とは大違いだった。

 少しトレーニングするだけで筋肉がパンパンになるし、力がみなぎるような感覚がある。


 ああ! 若いって素晴らしい!


 理恵の束縛は不満に思っていたが、この素晴らしさを味わえたことだけは感謝しなければならない――――……かもしれないくらいには前向きになれた。


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