第7話
【side 遠山葉月】
手の震えが止まらない。自分がしようとしていたことが今になって怖くて仕方がなかった。
学校でタバコを吸うなんて。
私の今までの経歴。それと将来。
なによりもパパとママがどれだけショックを受けるか――。
そして周囲に迷惑を掛けたことに対して、厳しい叱責を受けることか。
ううん。それを望んでいたはず。
でもやはり私は臆病だ。
そうならなかったことに今は安心している。
たしか彼は崎川恭介。同じクラスの男子。
話したことは、記憶にない。
それ以外でもとくにこれと言った印象は残っていない。
そもそも学校の生徒とは敢えて距離を取っているから、彼に限った話ではないのだが。
崎川恭介。
クラスメイトだから私のこと――モデルや芸能活動をしている――を知らないわけではないだろうが、まったくそんな事は意に介していない様子だった。
それどころかタバコを持っていた私を注意し、教師の前では自分がタバコを吸っていたのだと嘘をついて、私が負うべき罪を被った。
なんのために? 私の気を引こうというつもり?
それだとしたら、あんな邪険な言い方や態度を取ることはない。
それにリスクが大きすぎる。
彼が何を考えているのかまったくわからない。
崎川恭介のことを考えながら、私は家にたどり着いた。
「ただいま」
2階の自分の部屋に行こうとしたが、直ぐ様リビングからママが顔を出した。
どたどたと足音を立ててやってくる。
すぐにわかった。機嫌が悪い時の顔だ。嫌な予感がする。
「随分遅かったじゃない。何していたの」
「今日は生徒会あるって言ったじゃない」
「いつもこんなに長いことないでしょ?」
「長引いたの」
「そう、明日は仕事よ。わかってるわよね」
「わかってるって。早退して帰ってくるよ」
「明後日は朝から雑誌の撮影。あと事務所の方から食事に誘われているから、夜は一緒に食べるわよ」
「……わかった。話、もういい?」
「ねぇ。葉月、ちょっと待って」
「もう、なに?」
ママは、私に一歩近づき鼻をくんと鳴らした。
「あなた。変な匂いするわね」
「……匂い?」
「焦げたような……何かしら。タバコみたいな」
「え?」
口臭を取るガムを食べてきたし、服にはデオドラントをふんだんに振りまいたのだが。
「……商店街のタバコ屋さんの近く通ったからかも」
「なんでそんなところ通ったのよ。イメージがあるでしょ」
「なによイメージって」
「あなたの芸能人としてのよ。そういうのちゃんと意識してよ。カリスマモデルとしてもっと活躍しないといけないんだから。他にも凄い子たくさんいるんだし、細かいところまで気をつけなさい」
モデルの仕事やテレビに出ていたら商店街に行っちゃダメなのか。
私はむしろああいうごちゃっとした人間味があふれる場所は好きなのに。
ママのこだわりはむちゃくちゃだ。
でも、ママにこういうことを言っても無駄だとわかっている。
「今日はたまたま。学校の友だちと一緒だったからってだけ」
「友達はちゃんと選びなさいね。あなたのレベルに合う人とだけ付き合いなさい――――ねぇ! 友達ってまさか男子じゃないでしょうね!」
「……女子だよ。もういいでしょ、部屋いくから」
「もう! ママはあなたの為を思って言っているのよ!」
話が長くなってきたので階段を上って強引に話を打ち切った。
不満そうに何かブツブツ言っていたがそれは無視をする。
こうでもしないと、ママの話は延々と終わらないから。
部屋に入るとカバンを放って制服のままベッドに飛び込んだ。
ふぅと深いため息がでる。
家についてからが一番疲れた気がする。
「……ちょっと手足が長いだけじゃない。レベルって何様なのよ私」
中学2年から始めたモデルやテレビの仕事。
ママとショッピング中にスカウトされたのが始まりだ。
こういう仕事をしていると、周囲の人は興味本位でやたらと近寄ってくるようになった。
最初は嬉しい気持ちもなくはなかったが、それは次第に変わっていった。
皆がへつらった笑いを作って機嫌を取ろうとする。
本当の私ではなく、雑誌やテレビでみる私のイメージを押し付けてくる。
それがたまらなく嫌だ。
私は何も変わっていないのに。
昔からの友人だけが今まで通り接してくれたが、ママが遊びに行かせてくれなくなった。
ならばと、家に友達を呼んだりもしたが、その後から友達は私から離れていった。
どうやら遊びに来た友達に対して、ママがそれとなく何かを匂わせていたらしい。きっとママが言うレベルと言うヤツをだ。
新しくできた友達も同じようにして私から去っていった。
メディアに出れば出るほど、皆が私から離れていく。それに耐えられなくてママに抵抗したことがあった。
だがママは、
「人聞きの悪いこと言わないで。ママは何もしていないわ。でも付き合う人は選びなさい。これはあなたの為に言っているの」
あなたの為。
あなたの為。
あなたの為。
私の為って何?
私の青春時代を孤独でつまらないものにすること?
ママはなにかあると今も『あなたの為』と言い続けている。
言い返しても機嫌が悪くなるだけだからもう諦めている。
それもあって高校に入ってからはできるだけ一人でいるようにしていた。
その頃メディアで確立していた私のブランド『氷姫』を普段から徹底して演じた。
ツンと澄ました高飛車でいけ好かない女だ。
それは皆が求める雑誌やテレビでみる私のイメージ。
でも実際にそんな女がいたら好かれるわけがない。
次第に誰も私に近づかなくなった。
友達なんて出来っこない――ましてや恋人なんて。
本当は、夏にはプールや海にいきたい。
浴衣を着て彼氏と花火を一緒に見たい。
友達と恋バナして盛り上がりたいしショッピングもしたい。
甘いものだってたくさん食べたい。
一度しかない青春を楽しみたい。
でも『氷姫』を演じているうちに、私はすっかり孤独に慣れてしまったらしい。
周りに対して無関心であることが当たり前になっていた。
誰とも関わらないことが日常になった。
でも何故だろう――。
崎川恭介。彼だけは印象に残って離れなかった。
タバコの罪を被ってくれたからというだけではなく、何かがひっかかって離れない。
「……崎川恭介……か……」
教師の前でタバコを吸ったんだ。謹慎や停学の処分を受けることは間違いない。
さすがに退学は無いと思いたいが――。
とにかく一度、彼に会いに行かなければ。話をしなければ。
私は枕に顔を突っ込んだ。
「ほんと、なんなのよ……」
タバコにむせた彼の顔が、瞼の裏に浮かんできた。
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