死後の世界には完璧なヒロインがいる

 生き物が死ぬことを、人は『永遠の眠り』だなんて表現するよな。



 何だか、死んでいなくなるっていう現実を必死に隠してるみたいで面白い。俺は、人が一番恐れているのは飢餓でも貧困でもなく、孤独になることなんだなーって。



 死を見送るたびに思ってたよ。



 だから、表現ってのは人が孤独から目を逸らすために生まれた処世術なんだって思うんだ。



 詩的な表現とか、情熱的な表現とか。どれもこれも、最終的に死ぬことを忘れて今を楽しめるからな。



 本質的には現実からの逃げだし、人の強さとは一番遠い場所にあるモノなんだろうけど。それでも、音楽や文学に救われた人の数を見れば間違いじゃないんだって分かるよ。



 ……話が逸れてしまった。



 えーっと、なんだっけ。



 あぁ、そうだ。



 死ぬことを『永遠の眠り』だなんて綺麗に表現して、あくまで起きないだけだって未練を垂れて、孤独を紛らわそうとしてるって話だったか。



 ずっと、何かが足りないって思ってたんだ。人がずっと目を覚まさないだなんて、結局起きてる奴の感想でしかないから仕方ないんだけどさ。



 じゃあ、ずっと寝てる奴はどうなんだろうな。



 人は死後を恐れるから天国や地獄を作り出すし、死んだあとに幸せになれるように生きてる間に善行を積むんだっていう宗教も生まれた。

 根本的に、人は知らないことを恐れる生き物だ。暗闇は怖い、戦争は怖い、インターネットは怖い、投資は怖い。



 全部、知らないから恐れるってワケ。



 だから疑うのさ。良さを見ようとしないのさ。



 頭の悪い奴が最後にできる抵抗が疑うってことで、そこんところの弱い心を刈り取って金に変える力を持ってる奴が現代の勝者なんだろうけど。



 ……あぁ、ごめんごめん。また話がズレちゃった。



 でも、別にいいだろ?



 だって、俺はもう死んでるんだから。どれだけ話がズレたって、どこまで話が伸びたって、お前にもぜーんぶ聞いていられる時間があるハズさ。



「そうだろ?」

「うふふ、君の話はいっつも意味が分からなくて面白いよ」



 要するに、夢だ。



 俺が言いたいのは、『永遠の眠り』があるのなら『永遠の夢』もあると思ってること。人は死ぬことにビビってるみたいだけど、実際には今の俺みたいに無限に夢を見続けることになるのさ。



 いや、この眠りで悪夢を見た奴はマジに最悪だと思うよ。だって、覚めない悪夢を永遠に見るワケだからさ。

 その悪霊か、モンスターか、はたまたトラウマや過去の自分を振り切る方法が思い浮かばないままずっと怖い思いをするんだ。



 生きてる奴の夢なら、最後には夢オチってことになるワケだけどさ。



 ところがどっこい。俺たちは死んでるんだから、この夢がオチとして機能する瞬間が永遠に訪れないんだよ。



 つまりだね。



 例え夢でも、その世界が個人の現実になるのさ。『我思う故に我あり』ならば、生者がどうあれ俺の知ってるここが俺の世界ってことになるのさ。



 その点で言えば、本当に俺はラッキーだよ。



「なんで?」

「だって、俺が好きだったかなえちゃんが、小学生のままの姿でずっと俺の世迷子を聞いていてくれるんだから」



 ……叶ちゃんは、中学校に入ってから疎遠になった俺の初恋の人だ。



 別に、フラレたワケじゃない。だって、告白なんてしてないんだから。



 ただ、天使のようにかわいかった叶ちゃんが、中学生になって誰かのカノジョになって、どんどん変わっていく姿に俺がいつの間にか恋していなくなってただけ。



 まぁ、失恋の一つの形だよな。成熟した女への恋は、こーゆー失恋をしなくていいってのが俺の持論さ。



 ロリコンじゃねーんだよ。ただ、今までの人生で最も強く恋した女が小学生の時の叶ちゃんだったってだけ。



 そんなだから、中学生以降の叶ちゃんの姿ってあんまり記憶にねーんだよな。俺の中では、彼女は一番輝いてた幼い姿のまま。だから、生きてる間にたまに見る夢の中でも幼かった。



 きっと、俺もだ。



 もちろん、夢の中で鏡を見る経験なんてしたことねーから自分の容姿はよく分からねぇけどさ。



 そんなワケで、今の俺の現実である『永遠の夢』の中では叶ちゃんは小学生なんだよ。そして、あの頃にくだらない動物のウンチクで喜んでくれた彼女が、今度は死ぬまでに俺が蓄えた知識でニコニコ笑ってくれているのさ。



 別に、俺の知ってることなんてグーグルで調べりゃ一発で出てくることだけなんだぜ?俺の人生、経験で成功したことなんて一回もないからさ。こうやって、色んな知識を蓄えて考えるくらいしかやることがなくって。



 ずっと、なんで誰も本当の俺を分かってくれないんだって悩んでた。本当は、そんな上辺だけの話じゃなくて、本質に切り込んだ俺の意見をわかって欲しいって思ってたんだ。



 この世界では、それが叶う!



 しかも相手はあの頃の叶ちゃんなんだ!こんなに嬉しいことになるんなら、あんなクソみたいな苦労なんてしてないで早く死ねばよかったって後悔してるくらいだよ!



「でも、私は他に何も知らないよ?」

「……はは」

「私は、君が知ってることは何でも知ってる。だけど、君が知らないことは何も知らない。だって、私は君が生み出した叶なんだもん」

「分かってるよ」

「ごめんね。好きだって言ったら怒るだろうから、そんなことは言わないね?」



 俺は、また虚しくなって叶ちゃんを抱きしめた。背中に回す俺の手は、確かに小さくて昔のモノだった。



 最後に自分の姿をちゃんと見たのはいつだっただろう。



 そんなことを考えて、俺は微かにボヤケた叶ちゃんの笑顔を眺める。



 彼女とキスをしたことなんてないから、その情景はどうやっても思い浮かばなかった。



 なんて悪夢だ。

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