ババ抜き
「勝負しましょうよ、影郎先輩。いつも通り、勝ったほうが何でも言うこと聞く条件で」
「いいよ」
とある日の放課後。ゲーム部に所属する二人の部員がいつものように暇を持て余していた。
「勝ったら私と付き合ってください。いや、恋人にします。私のモノにします」
「別に勝たなくても付き合うって」
「ここまでボロ負けして後に引けるワケないでしょお!?」
一年の
そこにも道はある。しかし、女にはどれだけ優しくされようが譲れない戦いもあるらしい。
「ババ抜きにしましょう、5回先取です。ポーカーとかタワーをやると手も足も出ないので。正々堂々、運の勝負です」
「うん」
「因みに、私は先に4ポイント貰います。ハンデです」
「それ、言うほど正々堂々か?」
「覚悟してくださいよね〜」
早乙女はあっという間に4連敗。
負けん気とやる気は人一倍だが、猪突猛進で嘘がつけない真っ直ぐな少女なため影郎のブラフに引っかかりまくっているのだ。
「目線誘導は禁止です」
「いいよ」
「カードちょんって出すのも禁止です」
「いいよ」
「あと、私にジョーカーが来たら他のカード引くの禁止です」
「それが分かるなら逆も出来ちゃうじゃん」
「禁止なんです!」
流石の影郎も「いいよ」とは返せなかったようだが、何はともあれ二人にリーチがかかった勝負が始まった。ジョーカーは影郎に配られている。
もちろん、早乙女のイカサマだ。
「こっちですか?」
「うん」
「いや、こっちかな?」
「ううん」
「じゃあこれ!」
引いたカードはジョーカー。言葉ではなく、質問されたときにワザと目を逸らして早乙女に引かせたようだ。
「あぁ! 今絶対に何かしましたよね!? こんなに毎回引くなんてありえないですよ!」
「俺の番ね」
当然、影郎はあたりのカードを引く。すべて裏返しにしてシャッフルすればまだ勝ちの目もあるモノの、早乙女はどうしてもブラフで勝ちたいようだ。
「次は私です。……やった、揃った」
当たり前である。
これで、影郎が的中させればゲームが終わる。いつも通り、なんてことのない日常の姿がここにはあった。
「なぁ、早乙女。なんでデリヘルはあるのにデリヘヴンはないんだろうな」
「ふふ、微妙なシモネタで心理戦に持ち込まないでください! 早く引いて!」
デリヘルも、ある意味ヘヴンみたいなモノである。
「そういえば、俺が勝ったら何するのか言ってなかったな」
「はい、どーせまたジュースですよね」
「いや、そしたら付き合ってくれ」
……沈黙。
呆気に取られて早乙女が顔を赤くするまで、約2秒。何が起きたのかと影郎の顔を見た瞬間、彼は早乙女のカードに手を伸ばした。
当たりのカードだ。
「ちょっと待って!」
しかし、早乙女はこれを阻止。カードをギュッと掴んで引かれないよう必死の抵抗である。
「なんだよ」
「ダメ! それダメです! なんのために私が今日まで頑張ってきたと思ってるんですか!?」
「同じことだろ、もう終わりにしようよ」
「ダメダメダメ! 絶対にダメ! 私が勝って付き合うことに意味があるんですよ!」
「じゃあ一生無理じゃん」
「一生って言った! そんなことない! 先輩を私のモノにするんです! 私が先輩のモノになるはイヤ!」
影郎は、相変わらず面白い女だと思った。
「けど、とりあえず今日は無理でしょ。俺、このカード引くし」
「ジョーカー以外引くのダメって言ってるじゃないですか! なんで分かるんですか!?」
影郎は、早乙女が窮地に置かれたときに必ず左側に安牌を残すことを過去の経験から知っていた。彼は、彼女が思っている以上に彼女の事をよく見ているのだ。
「ち、ちか。……ふふっ。いや、力抜けって」
「やだ〜っ!」
「破れるから、ホントに」
「私が敗れる方が深刻です!」
くだらない言葉遊びも、いつの間にか伝染した影郎のクセのようなモノだ。
「俺だって負けたくないよ」
「負けてよ! 大人げないです!」
「勝負に大人も子供もないだろ」
「あ〜り〜ま〜す〜」
「じゃあ、俺が勝っても俺がお前のモノでいいよ」
「あぅ……っ」
一瞬の隙をついて、影郎がカードを引く。手札がなくなって、彼の勝利で幕を閉じた。
「大切にしてくれ、返品されると悲しいぞ」
「……はい」
しかし、憧れている男がいざ自分のモノになってしまうと何をすればいいのかも分からない。早乙女は、テーブルの向こう側でカードを片付ける影郎を見つめることしか出来ない。
どうしよう。
「……あの、先輩」
「ん?」
「やっぱり、私を先輩のモノにしてもらうことって出来ますか?」
言われ、影郎はため息をつくと再びカードをシャッフルして配り出した。
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