第3話 真雪の気持ちとアタシの気持ち。

 ハロウィン当日。まず驚いたことが一つ。

 パーティーはてっきり学校内で行われるのかと思っていたけど。私達女子バスケ部は真雪の家……いや、屋敷に招待されていた。


「き、木内さんって、本当にお嬢様だったんだ」

「なんか執事とかリアルメイドとかいるんだけど。空想上の生き物じゃなかったの?」


 真雪の屋敷の立派さに、圧倒される面々。もちろんアタシだって驚いている。

 だけど真雪は平然としながら部員一人一人に、袋に入った衣装を渡していく。


「木内さん、これってどんな衣装が入ってるの?」

「さあ。たくさん買ったから、そのうちのどれかがランダムで入ってる。どれがアタリでどれがハズレか分からない、ロシアンコスプレ」

「待って。それって、ハズレもあるってこと?」


 皆ビックリしてるけど、反対する者はいない。

 アタリかハズレか。きっとそれさえもパーティーを楽しむための演出なんだろう。

 ところで、まだアタシは袋をもらってないんだけど。

 すると真雪がこっちに来て、腕を引っ張る。


「こっちに来て。千夏には、特別な衣装を用意してあるから」


 そういえば、そんな事を言っていたっけ。

 けど何でアタシだけ特別? 不公平じゃないの?

 だけどそれに異議を唱える子はいない。それどころか。


「そうね。千夏先輩なら、特別なコスプレでないと」

「一人だけ別室なのも納得だわ。今日の主役なんだから、タメは必要ね」

「どんなコスプレなんだろう。やっぱり、白馬の王子様? それとも吸血鬼? 千夏先輩になら、血を吸われたい──ガバッ!」


 なんか勝手に盛り上がっているけど、別にアタシは主役じゃないぞー。皆と同じ、一生徒だぞー。

 そして血を吸われたいと言っていた子は、鼻血を出して倒れてる。血を吸われる前から貧血で倒れてどうする。


 それからアタシは、真雪に案内されて別室に通されたわけだけど。


「ここなら邪魔は入らない……皆、カモン」

「「「かしこまりました、真雪お嬢様!」」」


 パチンと指を鳴らしたかと思うと、メイドさん達が入ってきて、アタシを囲んだ。

 ちょっと待て。何をするつもりだ!?


「ま、真雪。いったい何を? こら放せ! 放さないか!」

「安心して。ちょっと着替えさせるだけだから。お姉さんに、ま・か・せ・て♡」

「お姉さんって、同級生じゃないか。いや、誕生日は確かに真雪の方が早いけど……って、そういう問題じゃないから!」

「良いから良いから……皆、やっちゃってちょうだい」

「ぬわーっ! 止めろ、止めろおおぉぉぉぉっ!」


 アタシは抵抗したけど、全く歯が立たずに。されるがまま着替えさせられていく。

 そして数分後……。


「こ、これがアタシ……」


 着替えさせたメイドさん達は部屋を出ていって。そしてアタシは用意された鏡で自分を見て、言葉を失っていた。

 だって……だってそこに映っていたのは……。


「も、餅ウサギ!」


 そう、アタシが着せられたのは衣装と言うか。どっかのイベントで出てくるような、餅ウサギの着ぐるみだったのだけど。


 何これ、可愛すぎ!

 ゆるキャラみたいに全身を覆い隠すようなデザインになっていて、これじゃあ中に誰が入っているかなんて分からないけど。それってアタシが、完全に餅ウサギになってるってこと!


 鏡餅のような体型で、カービィみたいな指の無い手。

 その手をひょいと上げてみると、鏡に映る餅ウサギの手も上がって、くるんと回ってみたら餅ウサギも回る。ポーズを取ったら餅ウサギもポーズを決めて……うわああああっ! 可愛すぎるっ!


 さっきアタシの吸血鬼姿を妄想して鼻血を出した子がいたけど、今はアタシが鼻血を出して倒れそう。だってそれくらい可愛いんだもの……はっ!


「ふふふっ、気に入ってもらえたみたいで嬉しい」


 後ろを向くと、真雪がジッとアタシを見ている。

 向こうは向こうで、いつの間にか紫色のローブに先っちょの折れた三角帽子をかぶった魔女のコスプレをして。彼女に気づいたアタシは、慌てて咳払いをする。


「べ、別に気に入ってなんかないし。こ、こんな全然似合わない着ぐるみなんて用意して、何考えてるの? まあ真雪がどうしてもって言うなら、着てあげない事もないけど!」

「千夏の意地っ張り。本当はそういう、可愛いもの好きなんでしょ。毎朝餅ウサギのぬいぐるみに、おはようって挨拶してるくせに」

「なっ!?」


 バレてる!?

 ていうか、ぬいぐるみに挨拶は本当に何で知ってるの!? まさかとは思うけど、家にカメラでも仕掛けてるんじゃないよね!?


「前から知ってたよ。可愛いものが好きってことも、だけど似合わないって言われるのを気にして、隠してることも。皆見る目がないよ。可愛いものが好きではしゃぐ千夏だって、こんなに素敵なのに」

「真雪……」


 不意にキュンと、胸が鳴る。

 真雪の言う通り。似合わない、イメージと違うって言われるのが嫌で、好きなものを秘密にしていたけど。真雪だけはそんなアタシの気持ちに、気づいてくれてたんだね。


「せっかくのハロウィンなんだから。今日くらいは好きな衣装を着ても言いと思う。て言うか、着てほしい。そのために餅ウサギを用意したんだけど……ダメかな?」

「真雪……もう、そういうのは、着替えさせる前に言ってよね。けど、ありがとうアタシのために、わざわざこんな手の込んだもの用意してくれて」

「気にしないで。好きでやったことだから。それに……」

「ん?」

「千夏が着ぐるみの中で恍惚の表情を浮かべてたり、やっぱり恥ずかしいって思って赤面したりしてる姿を想像したら……ゾクゾクするもの♡」

「はいっ!?」


 ──ゾクッ!

 何だろう? 今一瞬、物凄い寒気がしたんだけど?

 真雪は無表情のはずなのに、何だか目は笑っているように見えて、怖いんだけど!


「な、何を言ってるんだい? 変な冗談はやめなよ」

「あら、私はいつでも本気だけど。フルフェイスの着ぐるみにしたの、ちょっと残念かも。でなかったら悶える千夏の顔を、拝む事ができたのに」

「バ、ハカを言うんじゃない! そんな事を言う真雪は嫌いだ!」

「嫌い……ね。でも千夏、自分で気づいてないかもしれないけど、アナタにはツンデレなところがあるから。……本当は、満更でも無いんじゃないの?」

「な、何をバカな──」


 すると真雪は突然迫ってきて、アタシはそのまま壁際に追いやられる。


 い、いったい何を? 

 すると逃がさないと言わんばかりにドンと壁に両手を突いてきて、退路を封じられる。

 いわゆる両手壁ドン状態。迫っている真雪の方がアタシより30センチ以上背が低いから、一見すると迫力に欠けそうだけど、普段とは違う様子に圧倒される。


「これからちゃんと、好きなものを好きって言えるよう、調教してあげる。餅ウサギのことも、この前見てた可愛いフリフリの服のことも。それに、私のこともね」

「真雪のことも? それっていったい……」

「あら、本当に鈍いのね。私はマネージャーに誘われた時からずっと、千夏の事が好きだから。このまま襲ってしまいたいくらい」

「ひぃ!」

「安心して。私、無理強いはしない主義だから」


 そうは言うけど、今にもキスしそうなくらい、目の前に顔を突き付けられてちゃ、説得力がない。

 まあアタシは着ぐるみを来てるから、その心配はないんだけどね。

 今この部屋では無表情の魔女が餅ウサギに壁ドンして迫ると言う、シュールな光景が展開されているのだ。


 ま、真雪が本気だって事はわかった。よーくわかったよ。

 けどアタシは、こんな事をしてくる真雪の事なんて、全っ然好きじゃないんだからね!


 でもそれじゃあ、こんなにも胸がドキドキしているのは何故?

 もしかしてアタシも、真雪の事が……いや、そんなわけない! 


 すると不意に部屋のドアが開いて、メイドさんが顔を覗かせる


「お嬢様、準備が整いましたけど……お楽しみに中だったでしょうか?」

「平気。さあ、行こうか千夏。皆が待ってるわ」

「あ、ああ……」


 鳴り止まない心臓をどうにか落ち着かせながら、動きにくい着ぐるみ姿で真雪の後を追う。

 さっきまで餅ウサギの格好を皆に見られることとか、可愛いもの好きだってバレたらどうしようとか考えて不安だったけど、どうでもよくなっちゃった。

 ひょつとして真雪、それが狙いでわざとあんなことを……いや違う。さっきの真雪の目は本気だった!


「どうしたの、千夏?」

「いや……真雪の事が分からなくてね。混乱しているんだ」

「そう……だけど私はなんて思われていようと、千夏の事大好きだから」

「──んん!?」

「ふっ……千夏ってば案外、攻めに弱いのね。そういう所も可愛いわ」


 そう言った真雪は微かに口角を上げて、確かに笑っていた。

 き、着ぐるみを着ていて良かった。でなきゃ思いっきり赤面した顔を、見られていただろうから。


 真雪ってば大人しそうに見えて、とんだドSだ。

 くぅー、ま、まさかこのアタシが、女子にドキドキさせられるなんてー!


 もしかしたらアタシは、とんでもない子をマネージャーに引き入れてしまったのかもしれないや。


 そしてその予想は当たっていて。今後アタシは何度も真雪に引っ掻き回され、心臓がいくつあっても足りないくらいひっちゃかめっちゃかにされていくのだけど。

 それはまた別のお話。


 おしまい♪


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無表情なあの子とアタシの秘密 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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