第2話 アタシと真雪のお買い物。
日向千夏は格好いい。皆がそんな風に言っているのを、知らないわけじゃない。
まあしっかりとした自覚があるわけじゃないけど、こんなに言われてるって事はそうなのかもしれないなっては思うし。女の子からちやほやされるのも悪い気はしない。
けどイメージと違うかもしれないけど、アタシは結構可愛いものが好きだ。
餅ウサギ以外にも、犬や猫と言った動物。あと、フリフリのスカートや洋服なんかも好きだったりする。
だけど……だけどだ! 自分にそんなのが似合わないことくらい、ちゃんと分かってる!
中学の頃ちょっとだけ、ピンクの可愛い洋服を着て友達と会った事があったんだけど、その時皆から似合わないって言われて。以後ずっと封印しているのだ。
だけど着なくなってからも可愛い服は好きで、たまにお店でそんな服を見かけると、いいなって思うことがあるのだけれど。
10月半ばの日曜日。
アタシは商店街にある洋服屋のショーウィンドウの前で足を止めて、展示されている洋服を見ていた。
ふふっ、この服可愛いな~。こんなの着てみたいな~。
そこに飾られていたマネキンは、襟周りにフリルのトリムをあしらったブラウスに、チェック柄の青いスカートを履いていて、清楚系って感じのコーデ。
まあつまり、アタシには全然似合わないって事なんだけど。見るだけなら良いよね。
そんな感じで、つい見つめていたのだけど……。
「千夏、こんにちは」
「ひゃうんっ!?」
突然背中をつつ~って指でなぞられて、変な声を上げる。
なんだ、痴漢か!? 痴漢するなら、もっと可愛い子にしろ! もちろん本当にやったら、ぶっ飛ばしてやるけど。
一瞬でそんな事を考えながら、慌てて振り返ると。
「え、真雪?」
そこには真雪が、いつも通り静かな様子で立っていた。
と言うことは、さっきのは真雪がやったってこと? もう少しまともに登場できないのか。
なんて思っていると、さっきまでアタシが見ていた服に、真雪が目を向ける。
「こういうの好きなの?」
「へ? ま、まさか。そんなわけ無いじゃん。こ、これはアレだよ。い、妹への誕生日プレゼントにと思って……」
「千夏って、一人っ子じゃなかったっけ?」
「妹みたいな子! 年下の従姉妹がいるの!」
ついデマカセを言ってしまったけど、しょうがないじゃん。本当はこういうの好きっていうのは、トップシークレットなんだもの。
「そ、それより真雪はどうしたの? 何か買い物?」
「皆の仮装用の衣装を買いに。今度ハロウィンで使うやつ」
「ああ、バスケ部のハロウィンパーティーか」
今月末にはハロウィンがある。そこで我が女子バスケ部でもちょっとしたパーティーをやろうって事になったんだけど。
そうか、真雪は準備係だったっけ。
「それで一人で買いに来たの? 悪いね、押し付けちゃって」
「平気。私はマネージャーだから、こんな時くらい役に立たないと」
いや、普段から十分、役に立ってるってば。
どうも真雪は自分の事を過小評価してる節があるけど、いつだって真面目に頑張ってくれている。
もちろん今だってそう。そもそもバスケ部の人数分の衣装を買って帰るって、大変なんじゃないかなあ?
よーし、それなら。
「だったら私も付き合うよ。何処に行く?」
「いいの?」
「どうせ今日は暇だしね。服選びのセンスは無いけど、荷物持ちくらいならできるよ」
すると真雪は、迷ったように言う。
「二人で買い物なんて、何だかデートみたい。皆にバレたら、袋叩きにされちゃうかも」
「そんなオーバーな。けどデートか、悪くないね。なら今日は、エスコートさせて頂こうかな、お嬢さん」
なんて冗談を言ってみたけど。
おや、真雪の顔が、ほんのり赤いような。もしかしてこれは、照れてる?
普段は表情筋が死んでるんじゃってないかって思うくらい無表情なのに、新鮮で面白い。
けどそう思ったのも束の間。ここで思わぬ反撃があった。
「ありがとう。お礼にさっきフリフリの服に見とれていたことは、皆には内緒にしておいてあげる」
「なっ!?」
今度はアタシの顔が真っ赤になる。
ち、違うって言ったのにー!
「だ、だからアレは、妹みたいな従姉妹へのプレゼント用で。あ、アタシはフリフリで可愛い服なんて、好きじゃないんだからね!」
「本当は好きなのに、無理しちゃって。千夏のツ・ン・デ・レ」
ぬぐぐ……。
人の弱みをつついてからかってくるなんて、真雪ってこんなキャラだったっけ? 部活ではほとんど喋らないし、付き合いが深いわけでもなかったから、知らなかった。
何か言ってやろうかと思ったけど、ダメだ分が悪い。
この話はさっさと切り上げて、さっさと買い物を始めた方が良さそう。
「それじゃ行こうか。レッツラゴー」
真雪は歩き出して、アタシは後をついていく。
それにしても。何だかこの数分で、真雪のことが少しだけ分かった気がする。
相変わらずの無表情だけどさ。心の中では絶対に笑ってるでしょ。
それから真雪はコスプレグッズが売ったあるお店に案内してくれて、吸血鬼やメイドなど、仮装に使えそうな衣装をどんどん買い物カゴに入れて歩いていく。
と言うか、ちょっと多すぎないかい?
「こんなにたくさん買って、大丈夫なのか? 予算はどうなっているんだい?」
「心配しないで。予算はたっぷりあるから」
「けどその予算って、部費で賄っているんだよね? 息抜きのイベントに、お金掛けすぎじゃないのかい?」
「そうかもしれないけど、平気。予算は私のうちが出してるようなものだから。うちのパパ、学校に多額の寄付をしてるんだけど、その関係で優先して、バスケ部に予算を回してもらったの」
「それは初耳だ。驚いたよ。けど、だからってハロウィンにこんなに使って良いものなの?」
「パパにも先生にも、許可を貰ってるから大丈夫。金持ちのお嬢様の趣味全快のワガママを、見せてあげる」
さようですか。
色々と思う事が無いわけじゃないけど、お父さんや先生と話がついているなら、アタシがとやかく言うことじゃないよね。
「それにこうでもしないと、みんなに楽しんでもらえない。私が役に立てる事なんて、これくらいだから」
「えっ……」
思わず足を止めると、真雪もピタリと止まる。
その顔は一見すると無表情だったけど、ほんの少し寂しそうに見えるのは気のせいかい?
ひょっとしたら、コンプレックスが出てしまっているのかも。
真雪は周囲に馴染めないことを、気にしている節があるからねえ。
(何だか、最初に声を掛けた時の事を思い出すなあ。あの時もこんな感じで、どこか寂しそうにしてたっけ)
真雪と同じクラスになったのは、二年になってから。
何でも体が弱くて、一年の頃は入退院を繰り返して、休みがちだったとか。
そんな真雪は放課後になると、よくバスケ部の練習を見に来ていて。だけど他の子と違ってアタシを見てキャーキャー騒ぐわけでもなく。ただ静かにじっと練習の様子を、熱心に眺めていた。
そんな様子が気になって、ある日アタシが声をかけたのだ。
『君、よく見学に来てくれてるけど、バスケに興味あるの?』
『うん……私じゃプレイすることはできないから、見てるだけだけど』
ニコリともしないで答える彼女。
入退院を繰り返していたって話は聞いたことがあったから、バスケをやりたくても体が弱いからやれないんだって、すぐに察しがついた。
『だったらさ。マネージャーでもやってみない? プレイすることはできなくても、一緒に頑張ることはできるよ』
『マネージャー? ……うん、考えてみる』
……で、それから本当に入部してくれて。アタシ達をサポートしてくれているから、色々助かってる。
気持ちを顔に出すのも喋るのも苦手みたいで、今一つ周りに溶け込みにくいみたいだけどね。
そんな真雪の顔を見ていると視線に気づいたのか、アタシを見上げてくる。
「どうしたの?」
「ちょっとね。真雪が入部した時の事を思い出して。入ってくれて、本当に感謝してるよ」
「……私も、誘ってくれた千夏には感謝してる。人の気持ちに全然気づかない、鈍感女タラシだけど」
「ん? 待て、それはいったいどういう意味だい?」
「ナイショ。それより、次を買いに行こう。千夏用の、とびきりの衣装も用意しておきたいし」
「いったいアタシは、何を着せられるんだい?」
尋ねたけ答えずに、そのまま買い物を続ける。
まあいいか。どんな衣装が用意されるかは、本番のお楽しみにとっておこう。
って思っていたけど。
数日後、アタシは考えが甘かったことを思い知らされる。
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