無表情なあの子とアタシの秘密
無月弟(無月蒼)
第1話 アタシと無表情なマネージャー。
季節は秋。
街の体育館ではバスケの試合が行われていて、アタシはドリブルしながら敵をすり抜けると、ゴールに向かってシュートを放つ。
「きゃーっ、入ったー!」
「千夏先輩ステキー!」
コート外から聞こえてくる声に笑顔で応えると、更に倍の声援が返ってくる。
ふふっ、可愛い後輩たちだ。
日向千夏。それがアタシの名前。
高校では女子バスケ部に入っていて、今日は試合に来ていたのだけど、結果は見事勝利。コートから出て、チームの皆とハイタッチを交わしていく。
「千夏、今日も大活躍だったね。勝てたのは千夏のおかげだよ」
「そんな事無いよ。皆が頑張った結果さ」
「そ、そうかな? ありがとう」
「はぁ~、千夏先輩。運動神経抜群な上に優しいなんて。完璧すぎます~!」
周りの子達がキラキラした目で見てくるけど、何だかアタシの事を、美化しすぎていないかい?
これくらい普通だって言うのに。
すると一際背の低い、長い黒髪の女の子が、スッと隣に立った。
「千夏、お疲れ様。ドリンクいる?」
ニコリともしないでそう言ってきたのは、マネージャーの木内真雪。
その手にはドリンクケースが握られていて、アタシは遠慮なくそれを受け取った。
「いつもありがとう、真雪……はっ!」
何の気なしに受け取ったけど、ドリンクケースを間近で見て、息を飲んだ。
だってそこには、鏡餅にウサギの耳が生えたキャラクター、餅ウサギのイラストがプリントされていたのだから。
「かっ、かっ……かわっ──んん!」
可愛い! そう叫びたくなるのを、無理矢理飲み込んだ。
あ、危なかったー。思わ声を上げるところだった。
実はアタシは、小学校の頃からグッズを集めている餅ウサギの大ファン。朝起きたら枕元に置いてある餅ウサギのぬいぐるみに、おはようの挨拶をするのが日課になっている、大ガチのファンなのだけど。
その事はバスケ部の皆には秘密にしているんだよね。何故なら……。
「ちょっと木内さん。餅ウサギって、小学生じゃあるまいし
「もうちょっとマシなの無かったの?。日向さんが恥かいたらどうするの?」
「日向先輩には似合わないって、分かりませんの?」
餅ウサギに気づいて、渋い顔をする面々。
一人が言った「似合わない」って言葉に、胸がズキンと痛んだ。
そ、そうだよね。アタシが餅ウサギを好きだなんて、変だよね。
正確には餅ウサギに限らず、どうやら私と可愛いものの組合せは、アンバランスなイメージを持たれてしまうようなのだ。
まあ、自分でも仕方がないとは思うけどね。アタシは背が高くて、同級生や後輩の中には、王子様なんて呼んでる子もいる。
そんな私に可愛いものなんて、似合うはずがないもの。こういうのが似合いそうなのと言えば……。
「……餅ウサギ、千夏なら似合うと思ったんだけど」
「「「似合わない!」」」
大勢からツッコミを受ける真雪。
こういうのが似合うのは、真雪の方だって。
長身揃いのバスケ部において、150センチも無い真雪はある意味貴重な存在。
更に動くのの邪魔にならないよう髪を短くしたり結んだりしている子が多い中髪も長くて非常に可愛らしい。
もしも餅ウサギのぬいぐるみを抱っこさせたら凄く。似合うだろうなあ。
って、そんな事言ってる場合じゃない。何だか餅ウサギイラストのドリンクを渡したことを責められてるけど、フォローしないと。
「こらこら。つまらない事で、仲間を責めたりしない」
「ひゅ、日向先輩」
「アタシはコレ、なかなか良いと思うよ。ありがとね真雪」
笑顔を向けながら、ナデナデと頭を撫でる。実際、気に入ってるのは本当だしね。
すると真雪は、無表情のまま小さく返事をする。
「どういたしまして。それと千夏、あんまり頭撫でないで。小さな子供じゃないんだから」
「おっと、ごめん」
慌てて手を引っ込めると、「千夏先輩から頭撫でられるなんて、普通嬉しいでしょ」なんて声が聞こえてくる。
私も喜ばれる事が多かったから、つい撫でちゃったけど、どうやら機嫌を損ねちゃったみたい。
真雪は夏が終わってからマネージャーとして女子バスケ部入ってきたから付き合いが短くて、今一つ距離感が分からない。
無表情だし無口だして、取っつきにくいって思っている子は多いんだよね。
けど、仕事はしっかりやってくれてるし、どうにかして打ち解けられたらいいんだけどなあ。
何より餅ウサギ好きに、悪い子はいないだろうし。
「そういえばさっき他校の女子から、千夏に伝言頼まれた。話があるから聞いてほしいって。たぶんまた、告白だと思う」
「え、また? これで何度目かな」
「千夏が格好よすぎるのが悪い。コノ女タラシー」
表情筋を全く動かさないまま、冗談を言うな。
心の中でツッコミを入れながら、苦笑いを浮かべる。と言うかアタシ、なんで女子にばっかり告られるんだろうねー?
だけど、この時アタシは気づいていなかった。
無表情に思える真雪こそが、誰よりも熱い視線をアタシに向けていることに。
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