(胸糞展開)第46話 女子校生「助けて……」

 先輩に促されて乗ったエレベーターは二階に到着した。廊下にはダンスホールのEDMが壁越しで微かに響いており、対照的な静寂さが裏寂しい。

 先輩に押されるがまま廊下を進み、やがて金色のプレートのかけられたドアの前につく。


「こちらがVIPルームです、お嬢様」


 芝居がかった口調に吹き出しそうになるが、案内されたVIPルームの内装に逆に息を呑んだ。

 壁紙、ソファー、テーブル。内装は黒を基調に統一され、それらは間接照明に照らされ落ち着いた空気を醸している。一方で豪華なシャンデリアが天井を華やかに彩ることで全体をラグジュアリーに演出している。


 なるほど、これがVIPルームというのか。さっきまでいたダンスホールの賑やかさとは対照的な壮麗で静寂な空間に私は呆気に取られてしまった。


「せっかくだし、乾杯しようよ。ホールから持ってきた安いやつだけどさ」


 先輩に勧められたソファーに座る。彼もどさっと勢いよく隣に座った。それから膝の前にドリンクの瓶を置いてくれた。


「ねぇ、凪音ちゃんって彼氏いるの?」


「な、なんですか、急に?」


 驚いてレモネードを吐き出しそうになる。さっきまでは陽気な先輩だったのに、今はスゥッと鋭く目を細めて低い声を出した。獲物を狙う蛇を彷彿とさせる剣呑な眼差しに生唾を飲んだ。


「凪音ちゃん、可愛いじゃん。今彼氏いないんでしょ?」


「いま……せんけど……」


「じゃあ俺の彼女になってよ」


 するりと、それこそ蛇が枝を這うように先輩の腕が肩に回され腕に抱かれる。捕縛された私は、見ず知らずの男性と密室を作るという浅はかさを後悔した。


 どんどん顔を近づけてくる先輩から身体を遠ざける。腕から抜け出したいが、反対の手も使われてほとんど抱かれるようにがっちりホールドされて逃げられない。


「すみません、恋愛とか興味ないんで……」


「大丈夫だよ、楽しませてあげる。俺、こう見えて女の子に優しいし、退屈もさせないからさ」


 顔に唇が触れるくらいに接近され、不快な囁きが耳朶を這いずる。耳の穴から虫の大群が入り込み、心臓に至るまでの道を駆け抜けるような生理的嫌悪感に襲われ、


「いや、放して!!」


 と無我夢中で先輩を突き飛ばしてしまった。


「ぎゃあ!」と先輩の悲鳴が響く。我に返って様子を窺うと先輩の頬から血が出ていた。きっと私が爪で引っ掻いてしまったのだ。

 傷は深かったらしく、レバーみたいな色の黒い血がダラダラと流れ出していた。


「す、すみません……」


 謝るが、もう遅い。

 先輩は獣のごとく犬歯をむき出しにして私を睨みつける。


「調子に乗るなよ!」


 そう叫ばれるや、私は飛びかかってきた先輩に押し倒された。幸いしたはソファーになっていたので痛みはないが、お腹の上に馬乗りになられて呼吸ができなくなる。


「優しく口説いてやってんのに拒否ってんじゃねぇよ。しかも顔を傷つけやがって。このお礼はたっぷりしてもらうぜ」


「いや……やめて……」


 粗暴な手がワンピースの襟にかかり、一気に押し広げられる。ボタンがぶちぶちと弾け飛んでいった。

 胸元があらわになってスースーする。先輩は怒りを潜ませ、代わりに乳房に興奮して不気味な笑みを浮かべた。


「ひひ……。お前、もしかして処女か? だったら悪いな。でも安心しろよ。優しくしてやるからよ」


 手の甲で口元の涎を拭う。まさに食事をする獣のごとく、乱暴で、貪欲。


「助けて……先生……」


 恐怖に支配された身体は糸が切れた操り人形のように言うことを聞かず、ただただ希望に縋るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る