(胸糞展開)第45話 女子校生「VIPルーム?」
化粧室で電話を済ませた私は手洗い台に手をついて鏡に映る顔をまじまじと見つめた。
能登先生が電話をかけてきてくれた。
私のことをちゃんと心配してくれてる。
しかもこれから迎えにきてくれるだなんて。
嬉しい……。
だというのに、鏡像の五十嵐凪音はひどく憂鬱な顔をしていた。
あれだけ先生が構ってくれるのを待ち望んでいたのに、いざ顔を合わせて話すとなると気が重い。電話口でも呆れられ、怒られてしまった。顔を合わせたらもっと怒られるだろうな。
怖いなぁ……。迎えにきた先生はどんな顔をするだろう。想像するだけで怖い。それこそ逃げ出したくなるくらい……。
でももう少ししたらここを出ないと。
それまでは五木くん達と話して、最後にお礼を言ってお別れしよう。
今日は楽しかった。またいずれ、と。
意を決して化粧室を後にし、ホールに戻る。相変わらず下腹にまで響いてくるようなEDMに酔いながら囲んでいたテーブルの近くまで歩くが、私は一瞬足を止めた。
知らない男性がいる。
誰だろう。仲良くなったお客さんかな?
「ごめん、戻ったよ。えっと、そちらは?」
テーブルのそばまで近づき、声を張り上げて存在を主張する。輪に戻ろうにもその男性が加わったおかげで私のスペースが無くなっていた。
だからどこに入って良いか分からないので世間話を装って入れてくれと主張した。すると私に気づいたアミちゃんはニコニコしながら彼を紹介してくれた。
「ジョー先輩だよ。うちの学校のOBでこのお店で働いてるの」
「アミちゃん、OBってバラすなよ。お前らと同じバカって思われるじゃん」
「えー、ひどいー」
「ま、冗談はさておき。ジョースケだよ、よろしく! 君が凪音ちゃん?」
「はい、凪音です。よろしくお願いします、ジョー先輩」
「よろー!」
ジョー先輩と呼ばれた男性はニッコリ愛想の良い笑みを浮かべた。
明るい茶髪と馬みたいな面長な顔をした、ひょろっと細身の男性だ。プリントTシャツにスリムフィットジーンズ、首にはシルバーのチェーンネックレスというスリム感と清涼感のある服装。店員さんだそうだが、むしろ常連客と言う方がしっくりくる格好だ。
ジョー先輩は自分の隣にスペースを空けて招いてくれた。私はまた会釈をして、とりあえずそこに入れてもらう。
「凪音ちゃん、めっちゃ可愛いじゃん! ここ来るの初めて?」
「初めて、ですね」
「だよねー! リピーターだったら顔忘れないもん。今まで見た女の子の中でダントツ可愛いよ!」
「そ、それは言い過ぎですよ。アミちゃん達の方が全然可愛いですって」
先輩のお世辞に私は曖昧な返事をした。
正直、居心地が悪い。街中のナンパみたいなテンションで絡んでくるので相手するのがしんどい。ナンパなら無視して去るのだが、ここはお店だし、五木くん達の先輩なので失礼な態度を取るわけにもいかない。
「あ、あの、ジョー先輩。声かけてくれたのは嬉しいんすけど、お店の方は良いんですか?」
丸テーブルのちょうど反対側に立っている五木くんがどこか居心地悪そうに尋ねた。彼は私とジョー先輩の間で落ち着きなく視線を彷徨わせている。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、どうしたんだろう。
「へーきヘーき。お客さんの相手も店員の仕事だろ? それにこんな可愛い
「先輩、凪音に色目使いすぎー!」
「はぁ? そんなんじゃねーよ。俺は凪音ちゃんにこのお店のリピーターになってほしくて営業かけてるだけだし。お前らみたいな色ボケと一緒にすんなし」
ギャハハ、と一同から笑いが起こる。空気に飲まれ、私もクスリと笑ってしまった。
なるほど、これが彼らの『ノリ』か。先輩という立場上、後輩達には多少失礼なことを言っていいし、彼らはそれを笑って流して場を盛り上げるというトーク番組みたいな空気。愛宕ではあまりお目にかからない展開なので新鮮だ。
ジョー先輩は皆から慕われているらしい。一応先輩ということでアミちゃん達は敬語だが、親しげに会話しているし時折軽口も混ざる。対して先輩は気を悪くしている様子はなく、むしろ気安く接せられて嬉しそうだ。
そのせいか、私はあっさり打ち解けて会話に加わることができた。
「凪音ちゃん、笑うともっと可愛いね。特別にVIPルーム見せてあげるよ」
「VIPルーム、ですか?」
「そそ。二階にある静かな個室で、普通の人は入れないんだよね。今は空室だし、凪音ちゃんは一見さんだから特別に見せてあげるよ」
「なんだかすごそう……。でも良いんですか? 私、何も特別なことしてないのに」
「大丈夫だよ! 俺、こう見えて幹部候補生だから、これくらいしても平気だし。それに、凪音ちゃんは来てくれただけで十分特別なお客様じゃん」
「えー、センパーイ。うちらは連れてってくれないのぉ?」
「ワンドリンクしか頼まないお前らのどこが特別なんだよ。ここで飲んでろ」
「先輩マジひどいー!」
ジョー先輩はニヤッと得意げに笑い強く勧めてくる。対して私は「特別な」という響きが満更でもなく、興味を引かれていた。
そこに五木くんがおずおずと割って入った。
「VIPルームも良いけど今日はここで俺達と話そうよ。クラブは皆で楽しむものだし……」
「なんだよ、ヒロ。俺が特別に案内するって言ってるんだから邪魔すんなよ」
「す、すんません……」
「キャハハ、ヒロポンったら先輩が凪音にばっかり良い顔するからヤキモチ焼いてるんだ!」
「そうなのか、ヒロ? 可愛いやつだな! 今度飯でも奢ってやるから今日は我慢しろよな」
睨まれて萎縮した五木くんの頭を先輩はぐしゃぐしゃと豪快に撫でた。五木くんはバツの悪そうな愛想笑いを浮かべてそれきり黙り込んだ。その際、一瞬だけ彼は子犬のような弱々しい視線をこちらに向けてきた。それに気づきはしたが、その意味までは深く考えなかった。
「じゃ、行こうか、凪音ちゃん」
先輩が私の腰に手を回して道を勧める。少し強引なエスコートにされるがまま、私は店の奥へと誘われた。
男性に密着された私はにわかに肩を強張らせた。小学生以来男子とまともに交流する機会に恵まれないので、実のところ男性への免疫は薄い。触れられる機会など皆無なので色んな意味でドキドキしている。
だが先輩の得意満面な誘惑と感情を煽る音楽のせいで私の頭はクラクラするくらい興奮し、好奇心に流されてしまうのだった。
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