(ざまあ展開)第47話 女子校教師「手を出すな!」

「ラングレーって、ここだよな」


 学校を出た俺は電車に乗って歓楽街付近の駅で下車した。その後、スマホの地図を頼りに細い路地を小走りでクネクネ曲がりながら目的地に到着した。


 歓楽街のほぼ真ん中にあるリゾートにありそうな商業ビルディングを見上げ、次いで辺りを見回す。

 五十嵐には店の前で待つよう言い聞かせたがそれらしい姿はない。もしかしてまだ中にいるのか?


「しゃーなし。店に入るか」


 こういう店は入る際にお金を取られる。すぐに帰るつもりだから通してくれという理屈は通じない。無駄金になるので億劫だが致し方あるまい。


「今度飯でも奢らせよう。バイトしてるんだし」


 ラングレーのエントランスで料金を払い、ドリンクチケットも兼ねた入場券を受け取る。それをポケットにねじ込み、ダンスホールへと進んだ。


 薄暗いホールはカラフルなライトとレーザーで光景が目まぐるしく変化している。鼓膜を打ち鳴らすEDMと合わさり、脳を否応なく病的な興奮状態に誘うようだった。

 薄暗い空間とスピーカーの大音量は、学生時代に出入りしていたライブハウスに似ているが、踊り狂う客の病的な歓声は似ても似つかない。


「くそ、五十嵐はどこだ!?」


 薄暗いし、照明はチカチカするし、人が多いので目当ての少女を見つけられない。キョロキョロ視線を彷徨わせながらそれらしい人を探す。

 その途中、誰かとぶつかり肩に鈍い衝撃が走る。


「痛えな!」


「す、すみません。急いでたもので」


 ぶつかられた男性に罵られ、俺はすぐに謝った。

 トラブルはごめんだ。俺はぶつかった男性に何度も会釈をして去ろうとするが、後ろから肩を掴まれた。

 まずいな。急いでるのに絡まれるなんて。


「待てよ。あんた――」


「本当に申し訳ありません。人を探していたもので」


「能登先生じゃん!」


「へ?」


 どうして俺を知ってるの?

 俺を先生と呼ぶ男性なんて、同じ男性職員以外にいない。だが目の前の人物は俺よりずっと若く、見覚えもない。


 いや、初対面ではないな。彼は確か……、


「五木くん?」


「はい! この前ぶりですね!」


 なんと! 絡んできたのはニョッキ高の五木くんではないか!


 五木くんはニコニコ愛想の良い笑顔を浮かべた。


「能登先生、なんでいるんですか?」


「それはこっちのセリフだよ!? 君こそどうしてここに? 子供がいちゃダメでしょ」


「自分の先輩がこの店で働いてるんすよ。売り上げ貢献ていうか、盛り上げのお手伝いみたいな?」


 わーお、さすがは県下有数のトラブル校。どういう思考回路してるんだろう。


「ていうか君、酒臭いよ? もしかして飲んでる?」


「…………。先生もこういう店来るんですね!」


 露骨に話逸らしやがった。


「俺は五十嵐探しにきたんだよ。五十嵐凪音。ほら、君がこの前声かけたあの子。見てない?」


「見るも何も、さっきまで一緒にいましたよ」


 マジかよ!?


「今どこ!?」


「あー……それが、ジョー先輩と行っちゃいましたね」


「ジョー先輩?」


「ジョー先輩ってのはうちの学校の卒業生で俺の先輩っすね。今はこの店で働いてるっす。なんでもオーナーと仲良くて、その伝手で就職したそうっす。基本良い人なんですけど怒ると怖いし、あと女癖も悪くて人が狙ってるとか付き合ってるに平気でちょっかい出したりするんですよねー」


「んなこたぁどうでもいいんだよ! 五十嵐は今どこ!?」


「VIPルームっすよ。あの通路奥に行ったところにあるんですけど――って能登先生!?」


 居場所を聞き出すや否や、五木くんを置き去りにして俺は走った。VIPルームというからには多分個室だ。そんなところに変な男と一緒にいるなんて、嫌な予感しかしない。


 案内板の表示を頼りにエレベーターに乗り込む。降り立った二階の廊下を進み、扉を一つずつ開けて中を確かめる。


 一つ目――違う。成金っぽい男が女性を口説いていた。

 二つ目――また違う。男が女のブラウスを脱がせているところだった。こりゃ失礼。

 三つ目――ここも違う。あの、ホテルでもないのにチョメチョメするのやめてもらっていいですか?


 四つ目。黒を基調にした内装の個室。ソファーの上で四つん這いの姿勢になった男がいる。テーブルの死角になってよく見えないが、その下に誰かがいる。


「五十嵐!」


 焦燥に駆られて俺は堪らず叫ぶ。

 五十嵐を探しているのに、そこにいるのが五十嵐であってほしくないと矛盾した願望を抱いていた。だがそれは無情にも打ち砕かれる。


「先生!」


 聞き馴染んだ声の、聞いたことのない叫び声。


 いた。五十嵐だ。


「助けて!」


 危機を伝えるSOS。五十嵐を押し倒した男は何が起こったのか分からない様子で俺の顔をポカンと眺めるだけだった。


 俺の大事な生徒に乱暴しておきながらその呆けたツラはなんだ?


 この瞬間、俺は五十嵐を助けたいというよりも、ただ腹が立っていた。ぐつぐつと腹の底が熱くなり、一瞬で怒りは頂点に達したのだった。


 そのため俺は無我夢中でテーブルの酒の小瓶を引っ掴み、男の頭目掛けて棍棒のように横殴りで振り抜いた。


 固いもの同士がぶつかる鈍い音。側頭部を殴られた男は悲鳴を上げることもできず、ソファーとテーブルの間の床に崩れ落ちた。手にした瓶は殴った拍子に手のひらから抜け、壁に激突して床に落下した。カラカラ、と甲高い音を立てて瓶が転がる。

 余談だが、酒瓶というのは輸送の衝撃に耐えられるよう相当頑丈に作られているので鈍器としては悪くない。映画のように人を殴って派手に砕けるのはフィクションである。


「五十嵐、無事か!?」


「せ……先生……」


 ソファーに横たわる五十嵐はワンピースの胸元をはだけさせ、水色のブラジャーを露出させていた。顔は恐怖でくしゃくしゃに崩れているが、こっくんと力強く頷いた。


「立てるか?」


 こっくん、と弱々しく頷く。

 手を引いて立ち上がらせた。


 五十嵐の詳しい安否が気になるが、床にうずくまった男が呻き声を漏らし、恨みを湛えた視線で俺を睨んでいる。

 マズい。死んじゃいないが、俺が殺されるかも。


「出るぞ!」


 五十嵐の細い手首を握り、部屋から飛び出す。廊下、エレベーター、ホールと順番に駆け抜け、店の外に出た。

 表は風がますます強くなり、雨まで降っていた。雨は強風に乗って横殴りに降り、夜の歓楽街の歩道から通行人を人払いしてしまった。


「走れるか?」


「は、はい……」


「よし、行くぞ」


 腕を掴んでいただけだった手で彼女の小さな手を握り直す。手は雨と汗で濡れ、プルプルと小刻みに震えている。


 この手を離すわけにはいかない。


 俺達は手を固く握り合い、雨の降りしきる歓楽街を走り出した。

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