第38話 お嫁さんになりたいわけ

 私、デキ婚で生まれた子供なんです。


 えっと……誰かに言われたわけではないんですが、確信があるんですよね。

 夫婦で将来を話し合って作った子供じゃない気がしてるっていうだけなんですけど……。


 どうしてそんなふうに思うのか、ですか?

 きっかけは母にこんな質問をしたことでした。


「どうしてお母さんはお父さんと結婚したの?」


 なんてことはない、子供らしい質問。

 教育テレビのアニメで主人公のお父さんとお母さんが喧嘩をして、最後に仲直りをするというありきたりなストーリーを見て、こんな疑問を抱いたんだと思います。


 特に明確な答えを期待したわけではありません。好奇心に駆られた……ううん、乳児が手にしたものを口に入れるような無意識的コミュニケーションに過ぎなかったと思います。


 対して母の反応は、おおよそ幼い子供に向けるものとは思えないものでした。


「さぁ……どうしてかしらね」


 私に背を向けて目も見ようとしないつれなさに、私は幼心ながらにまずいことを聞いたと直感し、母から逃げ出しました。


 それからです。母から向けられる視線がいつも迷っているように見えたのは……。


 *


 私の両親は実業家だってことはご存知ですよね? それぞれが会社を持っていて、昼夜を問わずビジネスに打ち込んでいます。

 最初の会社を作ったのは大学生の頃で、卒業しても就職はせず、ずっと社長をしているそうです。


 そんな両親がどのようにして出会い、結婚に至ったのか私はまったく知りません。


 父が家に帰ってくることはほとんどなかったし、幼稚園まではちゃんと私の面倒を見てくれていた母も父の話をしたがりませんでした。


 やがて私が小学生になると、私は父の実家の祖母のもとに預けられました。


 母はそれまで仕事をセーブしながら私の世話をしてましたが、私を祖母の家に追いやると、待ってましたとばかりに仕事漬けの日々に戻って、私に顔を見せることはなくなりました。


 おばあちゃんは私に優しくしてくれたけど、両親のことはあまり話しませんでした。特にお母さんのことを快く思ってないらしく、話題に上がることは皆無でしたね。


 高学年の頃になり、介護の事情で私は祖母宅にいられなくなり親元に返されることになりました。

 返されたものの、昔のように手のかかる子供ではなくなったため、世話のほとんどをシッターや家政婦さんに任せ、私の顔を見にくることはありませんでしたが……。


 私はといえば親がいないのが当たり前なので、言われた通り学校と塾に通って黙々と中学受験の勉強をするだけでした。


 その後、愛宕女学院の中等部に合格するわけですが、母からは通り一辺倒な褒め言葉を受け取っただけで特に喜んでるふうではありませんでした。なまじ良い大学を出ただけにこの程度の結果はさも当然だという態度が見え透いていたし、お嫁さんなんてバカげた夢を本気で見ている娘に失望していたのかもしれません。

 私も母に褒めてもらおうなんてこれっぽっちも思ってませんでしたよ? おばあちゃんからはいっぱい褒めてもらえたのでそれで十分でした。


 元々母とはあまり話さない生活でしたが、中学生になってからはほとんど口を利かなくなりましたね。

 向こうももっけの幸いだったことでしょう。


 高等部に進学すると母のビジネスへの入れ込み具合は頂点に達したました。なんと娘を置いて渡米しちゃいました。


 信じられます!?

 いくら仕事が好きだからって娘を置いて海外行っちゃいますか普通?


 高一の夏におばあちゃんは天国に行っちゃいました。それでお葬式のためにお父さんは一時帰国したんですが、私の一人暮らしにはノータッチで、終わったらさっさと外国に戻っちゃいました……。


 この時ほど実感したことはありませんでしたねぇ……。あぁ、この人達、家族に……私に興味ないんだなぁって……。


 私にとってはおばあちゃんだけが家族だって思ってたんでショックじゃなかったんですけど、無関心さと無責任さには本当に呆れちゃいました。


 毎月まとまったお金を送ってくれるのには感謝してますけど、それで親の義務を果たしてるって思えるなんて、おめでたいというか……。


 そのせいですかね……。私、あの人達を『親』と……『家族』と思えないんです。

 生物学的にも法律的にも当然『親』であり『家族』なんですけど、心が認めないというか、尊敬できないというか、大切に思えない……。


 愛してるって感情を抱けないし、あの人達からも感じない……。


 まぁ、それでも良いんですよね。大人になれば親なんていなくても生きていけます。

 私は私の家族を手に入れて、その人とその人の間に産まれた子供を愛して生きていく。


 そう、心に決めているんです。

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