第32話 女子校生「センセイのお人形さんになっちゃった」

 昼食を終え、五十嵐の汚れたスカートの代わりを探しに洋服屋に足を運んだ。

 デニムスカートについたソフトクリームの汚れはハンカチであらかた拭いたものの早くも染みになり始めている。


「せんせー、このお店に入ろう!」


 例によってぐいっと手を引っ張る五十嵐。急ごうとするのは服を早く着替えたいからというより、ただただ楽しいからと顔に書いてあった。


 訪れたのはカジュアル系のレディースアイテムを扱うブティックだった。花柄フリルのガーリーな服から装飾の少ないソリッドなアイテムまで揃っているようで、早くも五十嵐は恍惚として見入っている。


「えへへ、どれ買ってもらおうかなぁ」


「どれでもいいけど、一つだけだからな」


 クレジットカードはあるけど月末だから手痛い出費は控えたい。来月の請求が膨らむからね。

 釘を刺された五十嵐は生返事をして商品棚の物色を開始する。あれでもないこれでもないと舐めるような勢いでアイテムを広げて見繕い、俺が提げているカゴに放り込んだ。


 カゴがいっぱいになると試着室へ。


「ふふ、センセイ、覗いちゃダメですよ?」


「覗きません」


「どうだかなぁ。センセイには前科があるもんなぁ〜」


「うぐぅ……」


 入り口を仕切るカーテンで首から下を隠しながらニタニタ笑う。

 痛いところつくなぁ……。更衣室代わりの教室と俺の部屋で着替えを見てしまったというスネの傷がうずく。

 そんな過去を思い出したものだから以前見てしまった彼女の下着姿が思い出してしまった。


 学校で来ていた黒っぽいブラ、我が家で来ていた純白のパンツ。


 ……いかんいかん、何を思い出しているんだ俺は。

 言っておくが、断じて「今日は何色のパンツを履いているのかなぁ?」なんて考えてないからな。絶対考えてないからな!


「じゃーん! 先生、これはどうかな?」


 勢いよく開かれたカーテンの向こうから表れた五十嵐はロングスカート姿。ベージュなので白ベースのTシャツと馴染む色合いで落ち着いた雰囲気を醸す。足をすっぽり隠すので慎みがあり大人っぽいコーデになっていた。


「似合ってるよ。大人っぽくて素敵だ」


「えへへ、じゃあ――こっちは?」


 お次は濃紺ネイビーデニムのショートパンツ。白い太ももとのコントラストが眩しい元気スタイルだ。プリントTシャツと合わさってどことなくアメリカ風。ヒップラインが強調されるので女性らしい膨らみのお尻に目がいってしまう。


「可愛い可愛い。西海岸っぽいな」


 行ったことないけど。


「これなんてどうかな?」


 今度のは足首まであるスキニージーンズ。生脚をあえて隠すことで細長く見せ、スタイルの良さが割り増しになっている。また、シャツをタックインすることでウエストのくびれを強調していた。

 女性らしいラインがくっきり出ると同時にアクティブさに溢れていた。


「おぉ……すらっとしててモデルみたい……」


「もう、先生褒めすぎです!」


 五十嵐は頬を染めて謙遜するが大袈裟に言ったつもりはない。彼女は整った目鼻立ちな上に健康的でスタイルの良い身体をしているのでシルエットの出る服はよく映える。これで都会を歩けば事務所のスカウトマンが名刺をひっきりなしに押し付けてくること間違いない。


 そんな調子でゆうに十着は着回して感想を求められた。普通なら感想を述べる男の方はげっそりするところだが、女子高生のファッションショーなのでさほど苦にならない。むしろこれだけ見目良い少女のコーデなので目の保養である。


「先生はどれが良いと思いますか?」


 カゴに入れたアイテムを一通り試し終えるといよいよ絞り込みに入る。

 尋ねられてもいずれも甲乙つけ難いので迷うなぁ。


「お」


 ふと目についたマネキンが履いているスカートが目に留まる。


「あれも履いてみましょうか?」


 それに気づいた五十嵐が申し出た。


「いや、履いてほしいとかじゃないんだが……」


「ふふ、でも気になるんですよね? 私も試着したいので持ってきてください!」


 うぅ……見透かされた。あのスカートのデザインが可愛いので、履いている姿を見てみたいと思ってしまったのだ。

 言われた通り棚から取って手渡す。すぐに履き替えお披露目された。


「どうでしょう?」


 少し控え目な声なのは自信のない証拠か。珍しい。


 さて、俺の目に留まったアイテムであるが、それは黒いフレアのミニスカートであった。

 ハイウエストタイプなのでお腹周りがキュッと絞られ、膝上の位置でふんわり広がった裾が脚を綺麗に見せるガーリーなデザインだ。


「可愛い……」


 思わずそう呟いてしまうくらいよく似合っている。

 これまでの大人っぽいアイテムと対照的な少女らしさのギャップに胸打たれたというのもある。


 大人顔負けのスタイルでもまだ子供のあどけなさを残す狭間の時期。

 一瞬のうちに過ぎ去ってしまうのが惜しくなり、目を離せなくなる朝焼けのような奇跡の時間。

 芸術はこういった光景の感動を世に広め、後世に残すためにあるのだろう。

 うーむ……JKは素晴らしい……。


「ふぅん……センセイ、こういうスカートが好きなんだ」


 裾を握って広げ、見いる俺の様子を揶揄する。

 はっ!? 感動してつい釘付けになってしまった。


 五十嵐は姿見を振り返り改めて自分の写し姿を確認した。


「でもこのスカートは今のTシャツには合わないですねぇ」


「確かに。シャツが派手過ぎるというかポップだからなぁ」


 ということはこれは見送りか。少し……いや、だいぶ残念。


 って、何をナチュラルに気落ちしているんだ、俺。教え子に自分好みのスカートを履かせようなんて。


 俺の肩はしょんぼり落ちていた。


「先生、ちょっと待っててくださいね」


 そんな俺に彼女は言って試着室を飛び出した。まもなく手に別の服を取って試着室に飛び込んだ。


「あ、やっぱりこれが合う! うん、これも買おう!」


 カーテンの向こうから弾んだ声が。あのスカートにぴったりのトップスを見つけたということか。


 どんなふうになるんだろう……。

 可愛い系? それとも綺麗系?

 見たい……すっごく見たい……!


 シャー、と勢いよくカーテンが開かれる。


「先生、決めました! このパンツ買ってください!」


 が、カーテンの奥から現れた五十嵐は元のTシャツとスキニーパンツ姿であった。

 あれ、スカートは!?


「えっと五十嵐、そのパンツでいいのか?」


「はい、先生にはこれの支払いをお願いしますね。履いて帰りたいのでこのまま会計してもらいます」


「お、おう。……えっと、スカートと追加で試着したのはどうするんだ?」


「そっちはお小遣いで買います。着るのはまた今度にしますね」


「そっかー……」


 残念……。

 ガーリーなスカートの五十嵐も見てみたかったし、追加で選んだ服のデザインも気になる。だがお目見えは叶わなんだな。


「私のこと着せ替え人形にして……センセイ、そんなにあのスカート履いて欲しかったんですか?」


 分かりやすく肩を落としていたせいであっさり心境を見破られてしまった。


 き、着せ替え人形だなんて……。それじゃあ俺が気まぐれで五十嵐をほしいままにしたみたいじゃないか!?

 先生は断じてそんなつもりありません!

 ただ似合うと思っただけです!


 そこはきっちり反論しておかねば。


 が、その前に彼女は先手を打ってくる。


「来週の日曜日に着ていくから楽しみにしててね、センセイ」

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