第29話 女子高生「ラブホテル行くんですか!?」

 五十嵐を乗せていざ出発!

 県道を市外に向かって下っていく。


「今日はどこに連れてってくれるんですか?」


「着いてからのお楽しみ」


 五十嵐は移り変わっていく街並みを車窓越しにウキウキした顔で眺めている。やっぱり好きなんだな、ドライブ。


「サングラス、お似合いですね。すごく格好良いですよ」


「本当? ありがとう」


 若い女の子に容姿を褒められつい照れてしまう。お世辞と分かっていてもやはり嬉しい。

 サングラスをかけたのは運転中の日差し防止と身バレ防止のためだ。なので今日は一日中サングラスをしているつもりだ。


「そのサングラス、体育祭の練習の時もかけてましたね。お気に入りなんですか?」


「これしか持ってないから学校でも使ってるだけだよ。新婚旅行で沖縄行った時に買ったんだ。最初、調子乗って変な形の買おうとしたら奥さんに止められてこれにしたんだよな」


「…………なんか、すみません」


 しまった。こんな話してどうするんだ。

 運転に集中しているせいで機械的に別れた奥さんとの思い出話をしてしまった。俺は気にしてないが、五十嵐を恐縮させたではないか。


「き、気にするなって! 俺が勝手に喋っただけなんだし」


「あはは。ところで――」


 露骨に話題を変えられた。


「運転お上手ですね。車は持ってないそうですが、レンタカーをよく使ってたんですか?」


「うん、奥さんとドライブしたり、遠出する時に……」


 また話してどうする!!


「あー……そうなんですねー」


 わぁ、また気を遣わせちゃった。俺って運転中はあまり考えずハンドルに集中するから話振られても生返事になるし、質問にも機械的に答えちゃうんだよなぁ。

 ちょうど赤信号に捕まった今は例外的に思考を巡らせられる。


 気まずい空気を作ったお詫びに話題を振った。


「行き先、俺の中ではもう決めてるけど、五十嵐はどこか行きたい場所なかったか? リクエストがあれば変更してもいいぞ」


「いえ、どこでも良いですよ。車に乗って景色眺めてるだけでも楽しいです。それに……」


 明朗だった彼女の声が、蝋燭を吹き消したようにふと途切れる。


 同時に信号が青になる。信号待ちの先頭なので発進。右足でアクセルをゆっくり踏み込む。


「大好きな先生と二人きりなら、私はどこにだって――」


「うわ、あぶね!? なんだよあのけい。めちゃくちゃな運転するなぁ、もう!」


 五十嵐が何かを言いかけた時、俺の目の前を車が強引に横切った。

 間一髪、接触事故を起こされるところだった。しかし発進前に気づいたため反射的にブレーキを踏み込みことなきを得た。されど肝を冷やしたおかげで心臓がバクバク飛び跳ね、腕に鳥肌が立っていて、五十嵐の言葉の続きを聞き逃した。


「あんなドライバーに免許やっちゃダメじゃん! あ、五十嵐、今何か言いかけた?」


「……いえ、何にも言ってません。信号青ですよ」


 五十嵐はなぜか低い声で促し、頬杖をついて扉の窓にそっぽを向いてしまった。

 急にどうしたんだ。


 あぁ、そうか。五十嵐もマナーの悪いドライバーに怒ってるだな!


 *


 その後、県道から高速に入りスイスイと走り続けた。

 五十嵐はその間、学校での出来事や友達と話した内容など他愛のない話をしてくれたが、俺が運転に集中するたちと察してか何も話さなくなった。


 車内に静かな沈黙が訪れる。何気なくつけたカーラジオからはリスナーがリクエストしたBUMP OF CHIKENのSailing Dayが流れた。


「正解・不正解の判断 自分にだけに許された権利〜♪」


「先生、この曲好きなんですか?」


 サビ部分を無意識に口ずさんで上機嫌な俺に微笑ましそうに尋ねてくる。


「まぁな。大学生の頃、文化祭のステージでコピーバンドしたことあるんだ」


「へぇー。思い出の曲、なんですね」


 我が事のように愉快そうに、そしてどこか羨ましそうに五十嵐は呟いた。


「五十嵐もダンス部で好きな曲に合わせていっぱい踊りなよ。友達と全力で何かをするっていうのは学生の頃にしかできないからさ」


「先生、なんだかおじいちゃんみたいなこと言いますね」


「誰がおじいちゃんだ。せめておじさんだろ。いや、おじさんでもないけどね!?」


 まだ二十七歳だ。


 年齢はさておき、若い頃はお金がなかったり勉強が忙しかったりで自由を感じなられないだろう。だが大人にしてみれば子供時分ほど時間と体力のある時期はない。だから教え子達には今のうちに全力で好きなことに打ち込み、悔いのない青春を送ってほしい。


 時が過ぎるのはあっという間だ。この期間を逃さないでくれ。


『お送りしたのはBUMP OF CHIKENのSailing Dayでした。リリースは二〇〇三年ですが――』


「へぇー、私が生まれる前の曲なんだ」


 DJの解説を聞いてぽつりと五十嵐が呟く。


 なんだろう……時が過ぎるのって早いなぁ……。


 *


 高速道路を二十分弱走り、目的のICで下道に下りた。景色は市街地から山林と田園風景に変わり、五十嵐の目が物珍しそうに見開かれた。

 窓を開けると新緑の匂いをたっぷり含んだ風が車内に吹き込み、心に溜まった老廃物を吹き飛ばしてくれた気がした。


「左折左折。この交差点だっけなぁ……」


 田園地帯の片側一車線の細い道路。うろ覚えの記憶を頼りに小さな交差点を左折。


「もしかして今日行くところって」


「あ、分かった?」


 五十嵐もどうやらピンと来たらしい。穏やかだった表情がにわかに浮つく。

 ここは北斉市の外に位置する田舎町で、以外は目玉になるものは何もない。すぐに見当がついたことだろう。


 だがそこから雲行きが怪しくなった。

 どうやら俺は曲がる交差点を間違えたらしく、車はどんどん緑の濃い山林に挟まれた道を走っていく。


「道、間違えたっぽいなぁ」


「えぇ……。先生、しっかりしてよー」


「悪い悪い。ちょっと休憩して道を確認しようか。お、あそこ入れそう。道の駅かな?」


 遠目で見えた木造っぽい建物に向かって車を進め、敷地に続く小道に入る。

 が、これが大きな間違いだった。


「先生……これって……」


 五十嵐も思わず絶句した。

 白樺っぽい塗装の外壁のその建物は、どう見ても道の駅ではない。

 洋風の外観は単体だとオシャレだが田園風景には溶け込めず、瀟洒さがかえって悪目立ちしている。

 だが問題はそこじゃない。悪趣味さを感じさせるデザインはこの際オーナーの好みだから目を瞑るとして、建物前のロータリー側に設置された看板にはデカデカとこう書かれている。


 HOTEL アーバン・ランデヴー

 REST休憩 ¥4,000

 STAY宿泊 ¥8,000


「ここって……ラブホテル、ですよね」


「……うん」


 先生も絶句しちゃった♡

 まさか間違えてラブホテルに入っちゃうなんて……。


 って、言ってる場合か!

 教え子と車でラブホテルに乗り付けてどうするんだよ、俺!

 部屋に連れ込んだり学校で密室作るなど、最近は女子への配慮が足りてない行動が目立ってたけど、これはマズいだろ!?


「今日、ここに私を連れてきたかったんですか?」


 ふるふると震える声で五十嵐が確かめてくる。顔を真っ赤にしてホテルの看板を穴が空くほど見つめているのはきっと怯えているからだ。


 怖いに決まっている。車で誰も助けに来てくれないような田舎に連れてこられ、挙句ホテルに連れ込まれるなんて大人の女性でも怖いはず。まして一回り以上も年下のこの子にとっては、かつてない危機感を抱いているのではないか。


「先生、こういうのはちょっと……。心の準備というか、サプライズすぎるというか。今日の下着あんまり可愛くな――」


「違う、誤解だから! 本当はアウトレットモールに行くつもりだったんだ!」


「へ?」


 五十嵐に嫌われる前に、俺は全力で弁明した!

 そしてこれ以上彼女を怖がらせまいと必死でカーナビを操作して目的地を設定した。

 去年奥さんと行ったから道を覚えているつもりだった。こんなことならズボラせず最初からナビに頼れば良かったなぁ……。


 ピピピピピピピピピピッ――


 高速でカーナビに目的地を設定して案内スタート! アクセルを目一杯踏み込んで俺はホテルの敷地を出た。


「え、先生!? 行っちゃうんですか? ちょっと休憩でも――」


 休憩はホテルの外でしようね、五十嵐さん! ここで休憩っていうと全然違う意味になるから!


 赤っ恥かいた俺はひたすらハンドルに集中し、来た道を戻るのだった。

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