第25話 女子校生「大きいですね!」

 先生と別れ、ダンス部と合流した私と冴菜さん。


 突然告白し、でも既婚者を理由に断られて取り乱した冴菜さんを皆心配そうに迎えた。


 そんなダンス部員の面々に冴菜さんは


「大丈夫、キチンと振られてきたから!」


 と冗談とも本気ともつかない、カラッと快活な口調で皆の不安を吹き飛ばしてしまった。


 女子校という特異な環境のせいか、女の子の中には男性の職員に本気で恋しちゃう子は時々いる。

 そのため愛宕生は先生相手の恋バナくらい慣れっこだ。だが勢い余って告白して振られて泣く子を慰めるのはさすがにこたえる。そういう意味では冴菜さんの反応はやりやすい。

 皆は本人の中で終わったことならとそれ以上は深掘りせず、何事もなかったようにレッスンを受けたのだった。


 で、レッスンが終わり、お腹が空いておやつが恋しくなる頃。ダンス部一同と冴菜さんはシャワールームで汗を流していた。


「にしてもびっくりですよ。冴菜さん、いきなり先生に告るんだもん。私、見ててドキドキしましたよ!」


 温水が床に叩きつけられる音に負けない大きな声がシャワールームに反響する。映画の感想でも述べるように興奮しているのは部長で三年生の遠藤榛名はるな先輩だ。


 榛名先輩は面白い話――とりわけ恋バナが大好物なので冴菜さんの告白話も決して逃すまいと後になって食いついた。


「あはは、ごめんねー! 先生の顔見たら押さえてたのが込み上げちゃった」


 隣のブースの冴菜さんが苦笑しつつ方便を使う。


 冴菜さんは真実を語らなかった。皆も深くは聞こうとせず、『好きだけど我慢して卒業したのだ』くらいに解釈しているのだろう。

 もっとも、榛名先輩は本当に吹っ切れたのか、腹の中で疑っているみたいだ。

 それは私も同じで、別の意味で疑っているのだが……。


「にしても能登っちも罪だねぇ。こんな若くて美人な女子大生に片想いさせて振るなんて」


「仕方ないよ。能登先生には奥さんがいるんだもの。私みたいなお子様なんて眼中にないのよ、きっと」


「どうだかなぁ? 能登っちもだから、ピチピチの女子大生に告られて満更でもないはず。独身だったら冴菜さんのこのカラダを好き放題できたのに……ねぇ!」


「きゃあ!?」


 突然上がる黄色い悲鳴。


 間仕切り越しに様子を見ると、榛名先輩が冴菜さんのブースに忍び込み、後ろから抱きついていた。


「あ〜、スベスベのお肌気持ちいいなぁ」


「榛名ちゃん、くすぐったいわ!」


「おっぱいもこんなにおっきいし」


「ひゃん!? そんなところ摘まないで!? ……あん!!」


「むひひ、感度も良好! あ、冴菜さんのお股ツルツル……。剃った感じじゃないからこれは脱毛?」


「も、もともと生えない体質なの!」


「うほぉ、天然物ですか! こりゃ能登っちは惜しいことしたわねぇ。本当はこの女子大生のカラダにしゃぶりつきたかったんじゃないの?」


 セクハラ大魔神な先輩の卑猥なセリフと冴菜さんの艶かしい悲鳴が反響する。裸の女の子がくっついてじゃれ合う光景はなかなかイヤらしい。私も女なのにドキドキしちゃう。


「もう、榛名ちゃんったら。能登先生には奥さんがいるんだからの方は十分でしょ?」


「いやはや、どうでしょうな? 美少女だらけの学校で毎日悶々とし、欲求不満を奥さんにぶつける日々……そこに現れたかつての教え子……。現役生に手を出すのはアウトだけどOGならセーフ。大学ですっかり垢抜けて美人になって、しかもおっぱいも成長してる。新婚気分もそろそろ終わる頃だから新しい刺激が欲しくなる頃かもよ?」


「私と能登先生にどうなってほしいのかな、榛名ちゃん?」


「そうですよ、榛名先輩。冴菜さんを不倫の道に誘導するなんて……」


 見かねて先輩を嗜める。榛名先輩に揉みしだかれる胸がパン生地みたいに変形する様子はしばらく見ていたいが、あんまり冴菜さんを焚き付けるのはよしてほしい。


 が、それがまずかった。榛名先輩は暗闇の猫みたいに鋭い眼光を放ち、私をめる。やばい、ロックオンされた。

 冴菜さんを解放するや、先輩は私のシャワーブースに侵入し、両手をいやらしく蠢かせながらにじり寄る。袋の鼠だ!


「ははーん、凪音ってば冴菜先輩にヤキモチ焼いてるんだ」


「や、ヤキモチ……?」


「『能登先生のお気に入りは私なのに、冴菜さんにいい顔するなんて許せない!』って思ってるんでしょ!?」


「思ってません! ただ、不倫はよろしくないというだけで――」


「正直になれ、このLOVEめ!」


 獲物に飛びかかる猫よろしく、先輩に抱きつかれて身動き取れなくなる。湿った肌同士が擦れ合ってくすぐったい。腕や足、胸が押し当てられてプニプニした感触に包まれ、ヘンな気分になっちゃうよぉ……。


「おほぉ! 凪音のおっぱいもおっきいですね〜。D……いや、Eか! また大きくなったんじゃない?」


「わ、本当だ。凪音ちゃんおっきい! しかも綺麗。触っていい?」


「先輩、そんなところ引っ張らないで! 冴菜さん見ないでください! 本当に触らないで――んん!」


 遠藤先輩がイヤらしいことするからつい変な声が出ちゃう。冴菜さんもノリノリでブースに侵入し、私の胸を触ってきた。

 この人、真面目なお姉さんと思ってたけど根っこはやっぱり愛宕生だ。


「凪音といい冴菜さんといい、このカラダを使えば能登っちなんてイチコロなのになぁ」


「だから先生は既婚者ですってばぁ!」


 本当はもう離婚してるけどね。でもそれは絶対に内緒。


「それに、能登先生は私の身体見たくらいじゃオチませんよ」


「ありゃ、凪音ったら随分信頼してるのね? それとも、もしかして実験済み?」


「ギクゥ!」


「え?」


 しまった。驚いて変な声が出てしまった。榛名先輩と冴菜さんはきょとんと怪訝そうにしている。


「そそ、そんなわけないじゃないですか! 先生に裸見せるなんてはしたない」


「だよねー。さすがに先生相手にそこまではしないよねー。ていうかどこで見せるのって話」


 うん、そこまではしてない。裸は見せていない。

 下着くらいならまぁ、恥ずかしいけど勇気を出せば見せられないこともない。でもやっぱり裸は恥ずかしい。をする覚悟も勇気もまだ無いし。


「でも真面目な話、能登っちってどうやったらオチるかな?」


「榛名ちゃん、奥さんいる人を真面目に落とそうとするのやめない?」


「仮にの話ですよ。もし能登っちが別れて独り身に戻ったら合法じゃないですか? 冴菜さんならどうします?」


 榛名先輩はなんとも不穏な話をする。本人に他意はないだろうが、なまじ離婚済みなだけに先生をどう口説くかなんて話は耳に入れたくなかった。

 特にこの冴菜さんの口からは聞きたくない……。


 冴菜さんはポーッとほっぺたを少し赤くして逡巡した。だがハッと我に返る。


「榛名ちゃーん? 『たられば』でも不謹慎過ぎるよ? 先生が離婚したらだなんて、可哀想でしょ?」


「はーい」


 冴菜さんは一オクターブ低い声で嗜める。その態度の使い分けはどことなく彼に似ていた。


 嗜められた榛名先輩はさすがに観念した。

 やっぱりこの先輩は常識人だ。先生が離婚したらなんて想像はしない。

 元々この人は先生を恩師として慕っているだけのようだ。それなのにあんな告白をしたのは一時的な拠り所を先生に求めてしまっただけで、本当に恋をしているわけではない。

 言うなればあれは一時の気の迷い。

 連絡先を交換したのだって教職課程の相談のため。他意はないはず。


 そう……この人と私は……違う。


「でも……もし先生が独り身に戻ったなら……。先生の家に押しかけて、そのままそばに置いてもらおうかな。永久就職、なんてね?」


 冗談めかした戯言を言う冴菜さん。


 違う……はず……だよね?

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