第18話 女子校生「スッキリしましたね♡」

「やっと空っぽになりましたね……」


 疲労のために漏れ出る吐息は少し荒い。


「こんなに溜め込んで……ちゃんとご自分でしないといけませんよ」


 目上になったような鷹揚さなのに、どこか満足げな口ぶり。

 一仕事終えた五十嵐は、まるで奉仕することに快感を覚えているように恍惚とした口調で言い咎めた。


「あんなにパンパンにして……収まりきらなかったじゃありませんか」


「面目ない。忙しくて……つい」


「センセイらしい。奥さんがいなくなっちゃったから処理できなかったんですよね? おかげで三回も……。私、ヘトヘトですよ……」


「すまん。結局全部五十嵐に任せてしまって……」


「うふふ……。いいんですよ? 私が好きでしてることですから」


 湿度の上がった部屋で五十嵐はベッドに腰掛け、天井を仰いで一息ついた。重労働で乱れた呼吸が平静を取り戻していく。


「センセイ、スッキリしましたね?」


「あぁ、スッキリしたな」


 俺も溜まったものが無くなり、清々しい気持ちで胸がいっぱいである。


「五十嵐、してくれてありがとうな」


「どういたしまして! それにしても、あんな山みたいな洗濯物、私初めて見ましたよ?」


「いやぁ、面倒くさくてつい……」


 ベランダで風にそよぐ衣服を眺めつつ五十嵐は感慨深そうに言う。その表情はどこか達成感のようなものが浮かんでいた。


 一方の俺は五十嵐に叱られ、つい言い訳をしてしまう。


 掃除が終わると次に五十嵐が目をつけたのは洗濯物の山だった。

 洗濯機の中と、そばに積み上げられた衣服を見た五十嵐は自分が処理をすると言って聞かず、結局お願いすることにした。


 洗濯物は全部で三回に分けて洗い、ようやく三回目の洗濯が終わって全てが片付いたところである。ただそれだけのこと。


 いやらしい妄想をした人はコメント欄で名乗り出るように。先生、怒らないから。

 ちなみに先生は最初から分かっていました! 本当ですからね!?


「意外です。先生ってこういうの溜め込むタイプなんですか?」


「洗濯って苦手なんだよなぁ。洗うとこまではいいけど、その後、干したり畳んだりアイロンがけしたりが億劫で……」


「先生の天邪鬼。私達には『面倒がらず予習復習するように』って言うくせに。習慣が大事なんじゃありませんでしたっけ?」


「……勉強はすればするほど身につくけど、洗濯はもとの状態に戻るだけじゃないか。だからモチベーションが上がらなくて」


「もう、言い訳がお上手なんですから」


 くすくす、と小さな子供のいたずらを咎める母親のような微笑み。


 ぐうの音も出ない。

 生徒にズボラな姿を見せては示しがつかない。


「これは来週も私がお洗濯しにくる必要がありそうですね。異論は認めませんよ?」


「あはは。それじゃあお願いしようかな、なんて……」


 流れで軽口を叩いて反省した。

 俺は教師だ。ナチュラルに生徒の好意に甘えて、俺はバカか?


 五十嵐は……あーあ、やっちゃった。目をまん丸に見開いてびっくりしてる。さすがに図々しいよな。


「ご、ごめん。調子に乗りすぎた。今のは冗談だから真に受けないでくれ」


「いえ、とんでもないです! 私、来週も来ます! 先生のお家の家事します!」


 ところが五十嵐は難色示すどころか俄然やる気になっている。気を遣って建前言ってる様子もない。


「今日掃除と洗濯してもらっただけでもありがたいのに、来週もだなんて悪いよ。これからは自分でこなすようにするからさ」


「そんな、遠慮しないでください! 私、家事得意なんで嫌じゃありませんし。お料理も食べてもらうつもりで来たので遠慮しないでください!」


「料理も?」


「はい! あ、でも材料買い忘れちゃったんだ。駅前のスーパーで買ってくれば良かったなぁ……」


「それじゃあ俺が行ってこようか? 朝から家事しっぱなしだから少しは休憩しなよ」


「はい。それではお言葉に甘えてお使いお願いします。買い物メモはLINEに送りますので」


 五十嵐は冷蔵庫の食材と台所の調味料を確認し、足りないもののリストを送ってくれた。

 これを買ってくればいいわけだな。


「それじゃあ、行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい」


 玄関でひらひらと手を振って見送る五十嵐は若奥様さながらだ。


 いいなぁ、あんな可愛いお嫁さんに見送ってもらえたら幸せだろうな。

 俺も新婚の頃は別れた奥さんと玄関先で


「今日は何時に帰る?」


「なるべく早く帰るよ」


「無理しないでね?(チュ♡)」


 みたいな感じで朝からいちゃついてたのに……。


「はぁ……。死にたくなってきた……」


 やめよう、昔の女房を思い出すなんて。あの頃にはもう戻れないんだ。


「ヤバ、財布忘れてるし……」


 買い物に出かけて財布を忘れるなんてベタな失敗だ。今時サザエさんでもそんなネタ使わないぞ。

 取りに帰らないと。


 ポケットの鍵を鍵穴に突っ込み、ガチャリと解錠。五十嵐に留守番を頼んでいるが、女の子一人残しているので施錠済みだった。

 靴を脱ぎ、ズンズンとリビングへ。財布はリビングにあるかばんの中だ。


「財布財布ー……え――?」


「え――?」


 リビングに入った途端、ありえないものが目に入り、俺は立ったまま固まった。


 そこではなぜか五十嵐がブラジャーとパンツのみの半裸姿で立っていた。

 しかも五十嵐は両手を背中に回し、ブラのホックに手をかけ、今まさに脱ごうとしている瞬間である。

 その体勢で五十嵐は俺と真正面に向き合っている。両手を後ろに回すということは必然、胸を張るポーズになるため、彼女のすっかり発育して大きくなった二つの膨らみがより一層強調されていた。


「きゃああああ!?」


「うわぁぁぁ! すまん!!」


 五十嵐は胸を抱えてしゃがみ、悲鳴を上げた。

 耳をつんざく甲高い悲鳴が鼓膜を貫通し、慌てて回れ右をする。


「先生! なんでもう帰ってくるんですか!?」


「さ、財布を忘れて。そういう五十嵐こそなんで裸なんだよ!?」


「汗かいちゃったから先生のいない間にシャワーをお借りしようと思ったんですぅ!」


 それは先に断りを入れてくれ!!


 俺は取るもの取ると逃げるように部屋を飛び出した。


 五十嵐の裸……五十嵐の裸……五十嵐の裸……。

 頭の中であの子の裸身がフラッシュバックする。そのせいで頭が熱病におかされたみたいにクラクラし、反面、足が忙しなく動いた。暴走機関車さながらである。


 ――くっきりした鎖骨

 ――ブラジャーから飛び出さんばかりのバスト

 ――ほどよくお肉がついているのにキュッとしまったウエスト

 ――お茶目なヘソ

 ――大人顔負けの豊かな腰つき


 細かく切ったポスターの一枚一枚を頭の中で再生するスライドショー。

 それを何度も繰り返すうちに五十嵐の官能美が脳の視覚野にだんだんと焼き付き、とうとう消えなくなってしまった。


 ちなみに気になる五十嵐の下着であるが、ベースは純白で銀の刺繍の施された上下セットであった。


 雪原のごとき純白のブラジャーとパンティは色白な五十嵐の肌によく馴染み、彼女が普段纏っている純真無垢なオーラの具現である。

 一般的に白い下着のイメージは清楚で印象に残りづらく思われるが、あまりに彼女らしいので逆にインパクトが強く、当分忘れられそうになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る