第9話 「……黙れ」(第一王子視点)
――そんな必要もなくなってしまったが。
無数の石が飛び交う、処刑台に向かう途中。
もはや罵詈雑言の声は聞こえてこない。見物客が投げつけてきた石が、耳に当たったせいだ。倒れる無様は晒さなかったものの、鼓膜が破れたのか、あるいは耳に血が溜まっているせいか。先程まで耳障りで仕方がなかった無数の声が聞こえなくなってしまった。いや、かろうじて聞こえはするものの、声が酷く遠く感じられるのだ。意識しなければ、それが声だと認識できない程に。
盗み見れば、民衆が何かを言っている。
――ああ、確かにこれは。
彼女が『醜悪』と称していた筈だ。
誰も彼もが見物客を装い、正義の鉄槌を下さんと石を投げつけてくる。
法によって裁かれる前に、己の手で裁きを。
「 」
「 」
「 」
何を言っているのか、分からないのは幸いと言うべきか。次期王妃である彼女が民衆を忌み嫌い、利用しようとするわけだ。見物客は皆一様に熱に浮かされており、この場を支配する異様な一体感に吞み込まれていた。これを『醜悪』と言わずに、何と呼ぶのだろうか?
『そのような心構えでなんとします』
聞こえない耳が、母の声を捉えた。首に括られた縄を忘れ、立ち止まりかける。だが、看守が縄を引いてるのだ。立ち止まることもできないまま、傷だらけの体が無様に地面に倒れ伏す。空気がビリビリと振動する。耳を凝らすまでもない。民衆が罪人の無様を一様に嗤ったのだ。
「 」
上から何かが聞こえてくると同時に、躊躇なく腹を蹴られた。
『立て』と命じているのだろう。処刑台はまだ先にも関わらず、縄を容赦なく引っ張り上げられる。首を絞められるような圧迫感を覚えた。
『王子たる者、民は慈しむべきです』
またもや母の声が聞こえた。
『次期国王に立つならば、私情など捨て去りなさい。私情を持てば、冷静な判断を持てなくなるもの。ですから――』
「……黙れ」
延々と聞こえる母の声に、唸るようにして遮った。一瞬、その場が静まり返るものの、そんなものはどうでもよかった。
「母上こそ――」
私情を捨てきれずに、王妃の座を放棄したくせに。
亡き母を睨みつけんと、私は顔を上げた。
怯む看守が、何故か静かで厳格な母に見えていた。
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