二千年後の考古学者
半ノ木ゆか
*二千年後の考古学者*
ある晩、おんぼろアパートの一室にインターホンが響いた。SF小説を読んでいた青年は、扉を開けて震え上がった。覆面をかぶった二人組が待ち構えていたのだ。
「強盗か?! 俺は貧乏な大学生だから、金目の物なんてないぞ!」
ハンマーとタガネで迎え撃とうとする彼に、白い覆面の男がなだめるように言った。
「我々は何も盗むつもりはありません。あなたの暮しぶりを見たいだけなのです」
「――つまり、昔の人間を研究するために、二千年後の未来から来たと」
「そうです」と、今度は黒い覆面の男が答えた。部屋の壁には、三葉虫やアンモナイトの化石が所狭しと飾られている。
「こんな突拍子もない話、普通の人は信じてくれません。そこで、科学に通じているあなたにお願いしているのです」
坐卓の前で行儀よくしている自称考古学者たちに、青年は疑いの目を向けた。
「証拠を見せてくれないか。二千年も経っていれば、科学技術も進んでいるはずだ」
「では、未来の道具をお見せしましょう」
白い覆面の男が言い、黒い覆面の男が鞄を坐卓に載せた。見た目は普通の通勤鞄だ。
「これは四次元バッグといいます。中が別の空間に繋がっていて、物を自由に仕舞ったり、取り出したりできるのです」
「少しお借りします」と言って、黒い覆面の男がタガネを鞄に仕舞った。中を覗いて、青年は目を丸くした。鞄が空っぽになっていたのだ。
「俺のタガネが消えちゃったじゃないか」
「ですから、別の場所へ行っただけです」
空っぽになったはずの鞄から、黒い覆面の男がタガネを取り出す。青年は腕を組み、感心したように言った。
「確かにすごい技術だ。だが、どこかにタネがあるのかもしれない。本当にタイムマシンで来たのなら、未来だけでなく、過去の物も見せてくれないか」
今度は、黒い覆面の男が鞄から水槽を取り出した。青年は釘付になった。
「これは……三葉虫じゃないか!」
平たい体に、たくさんの細い脚。底砂を這う姿は化石と瓜二つだ。
「俺は、大昔の生き物について学んでいるんだ。卒業論文のネタにしたい」
袖をまくって水槽に手を突っ込もうとする青年を、白い覆面の男が止めた。
「将来、この三葉虫は別の学者が研究することになっているのです。古生物学の歴史が変ってしまいますから、触ったり、写真を撮ったりすることはお控え下さい」
青年は渋々手を引っ込めた。黒い覆面の男が訊ねる。
「我々のこと、信じていただけましたか」
青年は小さな水槽をまじまじと覗いた。三葉虫らしきそれは、作り物にしてはよく出来ている。彼は深く頷いた。
「ああ、信じるよ。だが、ただでは見せてやらない。一円も差し出せないと言うのなら、今すぐこの部屋から出ていけ」
強気な青年に、白い覆面の男は
「調査を終えて未来へ帰る際には、この砂金を袋いっぱいに詰めて差し上げましょう」
青年は、喉から手が出るほど
「わかった。過去を探求する同志として、協力しようじゃないか」
彼らは固い握手を交わした。
それから一週間、二人は青年の持物や身の周りをつぶさに調べた。スマホを物珍しそうに触り、家族や友人のことも熱心に聞き出した。化石のかけら一つ持ち出そうとしなかったので、やっぱり強盗ではなかったのだと、青年は二人のことをすっかり信用した。
そして、別れの時が来た。
「どうか、我々のことは誰にも秘密にしてください。もしもタイムマシンのことが知れ渡ったら、大騒ぎになってしまいます」
黒い覆面の男が、思い出したように付け加える。
「四十五年ほど経てば、金の値打は跳ね上がるはずですよ」
「教えてくれてありがとう。時期を見計らって、売ることにするよ」
青年は満足気に言った。両手で抱える袋には、金色の砂が零れるほど詰め込まれていた。
二人組がアパートを後にする。
「こんなに上手く騙せるとは思わなかった。お前の、鞄に物が消える手品。あれはすごく役に立った」
「お前が、SF好きの学生に目を付けたのがよかったんだ。……それにしても、あいつが鉱物にうとくて助かったよ。あんな黄鉄鉱のくずを金と見間違えるんだから」
白い覆面の男が、暗闇でほくそ笑む。
「三葉虫の模型は作り込むのが大変だったが、おかげで個人情報をごっそりと盗み出せた。これは闇サイトで高く売れるぞ」
二千年後の考古学者 半ノ木ゆか @cat_hannoki
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