第58話さらりとの離別

残った夏休みを僕は一人で消化していた。

さらりの現状を知っているのは僕以外にかがりだけだった。

そのため唐津や清瀬から遊びの誘いが来るようなこともなく、高校生活最後の夏休みを少しだけ消化不良で終えることとなる。

二学期初の登校日がやってくるといつもの時間に駅前でさらりのことを待っていた。

あの日からさらりとは連絡を取り合っていない。

まともに話ができたのは夏休みが始まる前の事だった。

夏休みが始まる前から不穏な予兆は見え隠れしていた。

一度、全教科満点を取り学年1位になってしまったのが、さらりには毒だったのかもしれない。

その甘美な響きや同じ場所に立つものが誰も居ない見晴らしがいい景色を味わってしまった彼女は1位以外は認められなくなったのだろう。

2位だって3位だって十分凄いのに自分の努力を認められなくなっている。

完全に行き詰まって自分自身を見失ってしまったのだろう。

スマホで時計を確認するといつもの待ち合わせの時間を10分程過ぎていた。

さらりに電話をかけてみるのだが彼女は未だにスマホの電源を落としているらしい。

仕方なく一人で学校へと向けて歩き出すことを決める。

久しぶりに一人で登校していると後ろから不意に声を掛けられる。

「先輩!一人なんですか?さらりさんは?」

唐津が元気よく僕の元を訪れると心配そうな表情で首を傾げた。

「ちょっと事情があってね。今日は一人なんだ」

「へぇ〜。喧嘩ですか?」

「いや…喧嘩にもなっていないかな。すれ違いというか…今のさらりちゃんは僕に構う余裕がないのかも」

「構うって…絶対に別れることもない恋人同士だと思っていたんですけどね」

「別れるって…話が飛躍し過ぎだよ」

「そうでしょうか?今までどんなときも二人は離れないで過ごしてきましたよね?でも今は距離が開いているみたいです。離れてもお互いが普通に暮らせるって理解できたら…終わるのも時間の問題ですよ」

「キツイこと言うね…」

「まぁそうなったら私にもチャンスがありそうでいいんですけど。でも別れてもさらりさんのことを引きずられても困るのでしっかりと二人は話し合ったほうが良いと思います」

「そうだね。今後のことも話し合っておくよ」

「そうしてください。別れてほしいとは思っていないので。それだけは理解しておいてください。仲直りするなら早めにするのがおすすめですよ」

「うん。ありがとう」

唐津に感謝の言葉を口にすると僕らは校舎に入っていく。

教室を目指さずに一人で図書室に向かうとさらりを探す予定だった。

唐津は目的階に到着すると僕に別れを告げる。

「じゃあまた」

手を振って別れるとその足で図書室に入っていった。

やはりと言うべきかさらりは図書室で勉強中だった。

「おはよう。先に行くなら連絡入れてほしかったな」

さらりの対面の席に腰掛けると困ったような表情で口を開いた。

「ごめん。そんな余裕なかった」

上の空で返事をするさらりに続きの言葉を考えるとどうにか会話を続けようと思った。

「勉強の手を一度止めてほしいんだけど…僕らの今後のことについて話し合っておきたくて」

僕の言葉が耳に届いているはずなのだが、さらりは手を止めることはなかった。

「今は一人にさせて欲しい。それが叶わないのであれば…」

さらりは最終的な言葉を口にしようとして、ハッとしたようで息を止めた。

「ごめん…今のは違う…」

「さらりちゃんは今でも同じ大学に通いたいって思ってるの?」

「それは…」

急に言葉に詰まってしまうさらりに僕の頭の中は真っ白になっていた。

「勝手な事を言うようだけど…今は自分の事以外が全部煩わしくて…」

「僕のこともだよね?」

さらりは僕の言葉に頷くと気まずそうな表情を浮かべていた。

「嫌いになったわけじゃないけど…今は自分以外のことに目を向けることは出来ない。進学予定先には絶対に合格したいし…何よりも私の人生は私にしか生きることは出来ない。雪見くんがいつまでも一緒に居てくれるって言ってくれたとしても将来のことまで約束することは出来ないでしょ?それはただの口約束だし何の保証もない。私は自分の力になるものを今のうちにちゃんと身につけておきたい。自分勝手なことを言っているのは分かるけど…今は…」

さらりは最後の言葉に詰まっているようで確実に揺らいでいた。

「わかった。同じ進学予定先にするって話は一度無かったことにしよ。僕のことも気にしないで勉強に集中して」

「………私とはもう一緒に居たくないってことでいい?」

「そういうわけじゃないよ。そうは言ったけど僕の進学予定先は変わってないし…僕は恋人であるさらりちゃんを想って…」

そこまで口を開いたところでさらりは話に割って入った。

「そうやって私のためとか言って…体よく面倒な彼女から離れたいだけでしょ?」

「そんなことはまったく思ってないんだけど…」

「そっちがその気ならもう良いわ…」

さらりは不機嫌そうに嘆息すると最終的な別れの言葉を口にした。

「ごめんだけど。こうやって時間を割かれるのも面倒で煩わしいの…今は別れてほしいな」

「そう…さらりちゃんがそう言うなら仕方ないね。さらりちゃんの告白がきっかけで始まった恋だし…終わらせるのもさらりちゃんで良いと思うよ。じゃあ僕はこれで」

正直頭の中は真っ白で何も考えることは出来なかった。

登校日だと言うのに完全にダウナーな気分になると僕は教室に向かうこともなく、その足で帰宅するのであった。

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