第57話自分を見失うさらり
カグヤと過ごした長いようで短い夏休みは後2週間もしないで終わりを迎えようとしていた。
真田家は自宅に戻ってきており僕も残りの夏休みを勉強の時間に費やす予定だった。
「帰ってきたよ。勉強捗ってる?」
帰宅した翌日にはさらりに連絡を入れる。
だが普段ならすぐに既読を付けて返事をくれるさらりなのだが今は何の反応もなかった。
「予備校でのさらりちゃんの様子を教えてほしいな」
同じ予備校に通っているかがりに連絡を入れると彼女はすぐに返事を寄越した。
「帰ってきたの?さらりは大変だよ。毎日張り詰めているみたいで…受験本番までまだ時間があるのに一人でプレッシャー感じているよ。触れづらくて話しかけるのも躊躇われる状態だよ」
かがりの返事を目にした僕は困ったように一つ嘆息すると今後のことを考える。
「現状を教えてくれてありがとう。大変だったでしょ?かがりちゃん一人に負担をかけて悪かったね」
「別に良いけど。友達のためだし私が原因のようなものだから」
「いやいや。かがりちゃんが原因じゃないよ。さらりちゃんの理想が高いからその重圧に押し潰されそうになっているんだと思うな」
「そうかな…二学期が始まる前に一度会って話し合ったほうが良いんじゃない?」
「うん。連絡が来たら誘ってみる」
「そんな悠長なこと言ってないで家まで押しかければいいじゃない」
「流石に迷惑でしょ…」
「恋人が訪ねてくるのを迷惑に感じるようになったら…その関係性はもう終わってない?」
「そう言われると自信がなくなってくるな…」
「危機感を覚えてほしいだけの脅しよ。それぐらい今のさらりは追い詰められているの。雪見くんが救いの手を差し出してくれるのを待っていると思うな」
「助言ありがとう。これからさらりちゃんの家に向かってみるね」
「上手くやってよ。私だっていつも通りのさらりに戻って欲しいと思っているから」
「うん。ありがとう」
そこでかがりとのメッセージのやり取りを終えると身支度を整えて家を出た。
さらりの家に向かう道中で電話をかけるのだが彼女は出ることもなかった。
心配に感じつつ足早に彼女の家に向かうと20分程度で到着する。
インターホンを押しても応答はない。
再びインターホンを押して未だに応答がないことに少なからず危機感を感じる。
スマホで電話をかけながら再度インターホンを押すとやっと応答があった。
「なに?勉強に集中したいから今は会いたくないんだけど…」
明らかに疲れ切っている声を出す彼女を心配に思った。
「少し休んだほうが良いと思うな。外食にでも行かない?久しぶりにさらりちゃんの顔がみたいな」
「やめておく。今すっぴんだし…寝不足で酷い顔してるから」
「僕は別にどんな姿のさらりちゃんでも構わないんだけど…」
「私が行きたくないの。話はそれだけ?まだ課題は山積みだから…じゃあね」
さらりは一方的にインターホンの通話を切ってしまう。
僕は困り果ててその場でたじろいでしまう。
マンションの玄関を出ると仕方なく帰路に就く。
ポケットのスマホを取り出すとさらりへと向けてメッセージを送る。
「あまり無理しないで。同じ大学に通うためにお互い頑張っているのは分かるけど…もしも別々の進学先になったとしても僕らは終わらないでしょ?肩の荷をおろして余裕な態度で本番に向かおうよ。張り詰めて恐れを抱いていると固くなって本番で失敗するかもしれない。もっとリラックスして休み休みでもさらりちゃんなら絶対に合格できるよ。僕は信じているから。これ以上の無理はやめてほしいな」
思った言葉を素直にスマホに打ち込むと送信する。
だがさらりは既読を付けることもなく、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。
帰宅して勉強に取り掛かるのだが、あまり身にならない時間が続いていた。
夜の帳が降りた頃、やっとさらりから連絡が入る。
「無理なんてしてないから。心配しないで。かがりに負け続けているようじゃ…私は一生1位にはなれない。この歳で向上心を失ったら終わりでしょ?私の心配する前に雪見くんも自分の勉強の心配したら?スマホの連絡も今は煩わしく感じるから電源切るね。また二学期に」
さらりは明らかに自分を見失っているらしく目的の為なら何もかもを切り捨てる覚悟でいるようだった。
本当の目的である同じ大学に行くということさえも忘れているように感じた。
僕らが同じ大学に通おうと思ったのは二人の時間をこれからも長く欲しかったからなのに…。
僕らの心の距離が完全に離れていくと残りの夏休みも一人で過ごすことは確定しそうなのであった。
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