第56話短い夏休みと花火の思い出
翌日、目を覚ますと何よりも先にスマホを手にした。
「ごめん。昨日は勉強に集中してたから気付かなかった。折角連絡くれたのにごめんね。でも夏休みの間でかがりを追い抜きたいの。今日も勉強に追われるけど…体を壊すような無理はしてないから心配しないでね」
さらりからのメッセージを目にしてどう返事をしようか迷ってしまう。
彼女はどうしてもライバルであるかがりに負けたくないのだろう。
一度は追い抜いた相手に再び追い越されるのは思いの外、精神的ダメージが大きかったようだ。
慰めたり励ましの言葉を掛けるのは簡単だが今の彼女には逆効果な気がしてならなかった。
どんな言葉をかけても真正面から受け止めてくれる気がしない。
かと言って突き放すような言葉は完全にNGである。
放って置くのが一番の妥協策にも思えたのだが、それは恋人に対して不誠実な気がしてならなかった。
それなので僕はさらりに、
「無理せず頑張ってね。僕も勉強頑張るよ」
と簡潔な文章を送るだけに留めておくのであった。
本日もカグヤの家で勉強会は続いていた。
「今日、夏祭りがあるんだよ」
勉強会が一時中断するとカグヤは唐突にその様な言葉を口にした。
「あぁ…だから太鼓の音とか聞こえてきてたんだ」
「そうそう。朝から始まって夜遅くまでやってるんだよ」
「へぇ〜行ってみたいな」
「ホント?じゃあ一緒に行かない?」
「良いの?」
「私は良いよ。友達とお祭りに行くのも初めてだし…それにあと数日で真田くんも地元に戻るでしょ?思い出作っておきたくて」
「そっか。じゃあ勉強が終わったら早速行こう」
「待って。浴衣に着替えたいからお母さんが帰ってきてからが良いんだけど…」
「わかった。じゃあ僕も着替えてくるよ」
「うん。じゃあ着替え終わったらまたうちに来てくれる?」
「OK」
そこで時計を確認すると16時過ぎだったため僕らはそこで本日の勉強を切り上げた。
「一旦帰るね」
カグヤは僕を見送ってくれる。
祖父母の家に帰宅すると一度シャワーで全身を流す。
リビングに向かうと祖父母と両親は高校野球の中継を観ていた。
「甚平ってある?」
僕の質問に祖母が応えるようにタンスの引き出しを開ける。
「じいちゃんのだけど。サイズがあえば着ていいよ」
「ありがとう。ちょっと借りるね」
祖母は僕に甚平を手渡すと軽く微笑む。
「友達と夏祭りかい?」
「うん。こっちで出来た唯一の友達なんだ」
「そうか。大事にしなさい」
「ありがとう」
祖母の質問に答えるとソファに腰掛けていた母親が余計な言葉を口にした。
「友達って女子でしょ?さらりちゃんは心配してない?裏切るようなことしないのよ」
「わかってるよ」
それだけ答えると与えられた部屋で着替えを済ませる。
財布とスマホを持つと再びカグヤの家に向かうのであった。
17時30分頃にカグヤの着替えが済む。
僕とカグヤは夕方から夏祭りに参加すると露店の食べ物を買食いして周った。
街全体で祭りは行われており全部周るには酷く時間がかかりそうだった。
「大きなお祭りなんだね」
思った感想を素直に口にするとカグヤは軽く微笑んだ。
「私も初めてきたんだ。こんな大きなお祭りだって知らなかった」
「疲れてない?人混みに酔ったりしてない?」
「うん。大丈夫。でもちょっと何処かに座りたいかな」
「わかった」
人混みをかき分けて近くのベンチを探すと一度腰掛ける。
「19時過ぎから花火が上がるんだって」
「そうなんだ。見やすい場所探そうよ」
「うん。もう少し休んでからね」
僕らはそのベンチで長いこと休憩をして過ごすと再び立ち上がった。
花火の上がる川の方へと歩いて向かうと穴場を探し求めた。
「あの高台からだと見やすそうじゃない?」
「確かに。でも登っている人は居ないけど」
「どうする?登ってみる?」
僕の質問にカグヤは頷くので僕らは高台を目指す。
登りきった頂上で街を見渡すと思った以上に見晴らしが良かった。
「ここなら良く見えそうだね」
「うん。もうすぐ打ち上がるよ」
時計を確認するとすでに19時が過ぎていた。
そこから数秒後に大きな花火は打ち上がる。
それを眺めながら僕とカグヤの短い夏休みは徐々に終わりを迎えようとしていた。
「大学生になっても一緒に帰省したいね。またこの花火を一緒に見たいよ」
カグヤは若干センチメンタルな気分にかられているようでさみしげな表情を浮かべた。
「またいつでも来れるよ。次は僕の仲間も一緒に来れたら良いな」
「そうだね…でも私は二人きりが良いけど」
カグヤの意味深な言葉を耳にした僕の心は少なからず揺れていた。
ゴクリと唾を飲み込むと頭を振って邪念を消し飛ばす。
スマホで花火を写真に収めると仲間たちのグループチャットに送った。
「早く二学期に皆と会いたいよ。元気にしてるかな?宿題はちゃんとやった?皆、焦って無理はしないでね。きっと何事も上手くいくよ。皆が日々頑張っているのを僕は知ってるからね」
特にさらりを想ってその様な文章を送ると彼女らはそれぞれの近況をチャットに送ってくる。
僕はそれらを眺めると頬が緩んできた。
「次は冬休みに会えるかな…?」
隣りにいるカグヤは僕の顔を覗き込むと懇願するような表情を浮かべていた。
「多分ね。受験も近くなるから断定はできないけど…」
「そっか。じゃあ大学生になるまでお預けかな」
「かもね。でも大学生になったらいっぱい遊ぼう」
「うん。今から心待ちにしてるからね」
それに頷くと花火が終わるまで僕らはその美しい光景に目を奪われているのであった。
お盆の間は家族と一緒に過ごしていた。
祖父母の家でダラダラと過ごすと地元に戻る日がやってくる。
「またね。再会を楽しみにしているから」
最後の日にカグヤに別れを告げると次の約束をして僕は地元に戻っていくのであった。
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