第55話少しずつ心の距離が離れる
両親の地元で過ごす生活は続いていた。
日中はカグヤの家で本番さながらのテスト方式で勉強会を行っていた。
「それじゃあお互いの回答を交換して採点しよ」
カグヤ主導で勉強会が進行していくと確実に夏休み前よりも学力が上がっていることを理解していた。
二人のテストの点数に大きな差は無いものの未だに僕はカグヤに勝つことが出来ずに居た。
採点を終えて再び解答用紙を交換し合うと自分の点数を確認する。
「2点差だ。今までで一番惜しかったけど…また負けたよ」
少しだけ悔しそうな表情を浮かべる僕にカグヤは安堵したように息を吐くとキレイに微笑む。
「どうにか勝てた。でも本当に凄いね。めっちゃ学力上がってるじゃん。これでも私は学校では学年1位なんだけど?」
「そうなの?2点差ならカグヤさんの学校でだったら僕も学年2位ぐらいにはなれたかな」
冗談めかした言葉を口にするとカグヤは大きく頷く。
「真田くんの学校に通っていたら…学年1位は取れてないわね。4位辺りかな?」
「そうかもね。でも同じ学校に通っていたら日頃から切磋琢磨して1位をもぎ取ってるかもよ?」
「そう言ってくれてありがとう。嬉しいよ」
カグヤの微笑みに心が安らいでいく感覚がする。
何処か安心するような癒やされるような不思議な気分だった。
だが心の何処かでドキリと胸が高鳴っているような不穏な気持ちを抱くと一度頭を振る。
「そうだ。今日はもうこれで終わりにしない?」
カグヤは唐突に話題を変えると窓の外を見つめていた。
「ん?良いけど…何するの?」
「海行こうよ。こう暑いと涼みたいじゃん」
「水着の用意は無いんだけど…」
「こっちではプールの時以外に水着なんて着ないよ?服のまま入るんだよ」
「そうなんだ。じゃあ行こうかな」
カグヤの提案に頷くと僕らは部屋を出て家からすぐの海へと向かう。
彼女は防波堤から飛び込むとそのまま海上に浮かんでいた。
「真田くんも飛び込んでみて〜」
「でも…浮かび方がわからないんだけど…」
「大丈夫。私が浮き方教えてあげるから〜」
「じゃあ…」
意を決して海に飛び込むと深くまで沈んでいった。
服に水分が染み込んできていつもより重さを感じているようだった。
カグヤは少しだけ潜ると僕の手を引いて水面に引き上げてくれる。
海上に顔を出すと息を整える。
「大きく息を吸って肺を膨らませる感じ」
それに従って肺を大きく膨らませるように深呼吸をした。
「肺が膨らんでいる状態をキープするように浅めの呼吸を心がけて。浅い呼吸を回数重ねて。苦しくならないように」
カグヤの手ほどきに従って呼吸を整えると初めての体験なのだが海に浮かぶことが出来る。
「出来た。本当に浮いてる」
「でしょ?涼しくて気持ちいいでしょ?」
「うん。でも紫外線が凄くて日焼けしそうだよ」
「まぁそうだけど。夏休み明けて秋が過ぎたら元に戻るんじゃない?」
「そうなの?カグヤさんはあんまり日焼けしているように見えないけど。釣りが趣味なのに日焼けしてないんだね」
「うん。焼けにくい体質っぽくて。いつまでも白いままだよ」
「そっか。僕は少しだけ焼こうかな。男子で白すぎると馬鹿にされてそうで…」
「そんな事無いでしょ。きれいな肌してると思うよ」
「そう?一応ありがとう。それにしても海が近くにあって羨ましいよ。夏の間は入り放題じゃん」
「あまりにも近くにあるとそんなに入らなくなるよ」
「へぇ。そうなんだ。もったいないね」
カグヤは僕の何でもない発言に軽く微笑む。
「真田くんと一緒に海に入れて楽しいよ」
「ありがとう。また来ようね」
「うん。この夏休みの間に色んなところに遊びに行きたい。もちろん勉強が終わった後に」
「そうだね。僕も楽しみにしてるよ」
他愛のない会話を繰り返すと日が暮れるまで海で過ごす。
最近では祖父母の家までの帰路をしっかりと覚えたので一人で帰宅する。
与えられた部屋にてスマホは充電器に刺さったまま放置されている。
カグヤと勉強をしている間にスマホは不要だった。
こちらに来てからスマホを触る回数は明らかに減っていた。
何気なしにスマホを手にすると何件か連絡が届いている。
「ちゃんと勉強してる?さらりが思い詰めているようだから少しだけフォローしてあげて」
かがりからの連絡を目にして僕は了承の返事を送る。
「先輩と会えない夏休みは寂しいです〜早く二学期が始まって欲しい!」
唐津からの連絡にスタンプを送ると次の通知を確認した。
「ちゃんとお礼が出来ずに心苦しいのですが…私の問題を完璧に解決してくださって本当にありがとうございました。二学期からもお世話になります」
清瀬からの少しだけ堅い文章に返事をするとさらりにメッセージを送った。
「かがりちゃんが心配してるよ。たまには息抜きしないといつか爆発しちゃうと思うな。休み休みで勉強頑張ろう。僕も頑張るから煮詰まらない程度にね」
メッセージを送ると僕は風呂に向かった。
祖母の作った夕食を頂くと部屋に向かう。
しかしながら未だにさらりから返事は無かった。
既読すら付かずに思った以上にさらりは追い込まれているらしい。
一度電話をかけてみるのだが彼女は出ることもなかった。
「集中しているのに邪魔してごめんね。心配だからメッセージに気づいたら連絡入れておいてね」
それだけ送ると布団に潜り込む。
僕とさらりの心の距離が少しずつ離れていく不穏な夏休みはこれからも続きそうだった。
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