第54話学生生活最後の夏休みは各々の道で…
帰省した初日から僕はカグヤの家を訪れていた。
カグヤの両親は共働きらしく仕事に出ていて今は留守だった。
「勝手に上がっていいの?迷惑じゃない?」
僕の問いかけにカグヤは微笑んで応える。
「友達を連れてきたって言ったら両親も喜ぶと思うな」
「そうなの?それが異性でも?」
「うん。真田くんのことは両親に伝えてあるんだよ。冬休みに出来た初めての友達だって話したら喜んでくれたし」
「そうなんだ…そのうち挨拶しないといけないね」
「そう?それなら今日の17時過ぎにお母さんは帰ってくるよ」
「じゃあ17時までは居ようかな」
「うん。そうして。何も特別なものを出すことは出来ないけど…それでも良ければ楽しんでいって」
「まぁ勉強をして過ごすんだけどね」
「そうだったね」
僕らはそこで軽く微笑むとカグヤの部屋へと向けて歩き出した。
カグヤの部屋は異様に片付いており床に物が置いてあるようなこともなかった。
「きれいな部屋だね」
「そう?掃除は好きだし得意なんだ。部屋が汚いと心も汚れるってお母さんに言われてて…」
「素敵なお母さんだね。それに言うことをしっかりと受け止めてるカグヤさんも素敵だよ」
お世辞ではなく素直な感想を口にするとカグヤは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうね。真田くんに褒められると嬉しいよ」
照れくさそうな表情で顔を赤くしたカグヤを見て僕もつられるように頬を掻く。
「早速勉強しよ」
というわけで僕らはそこからカグヤの母親が帰ってくるまで本番を想定した勉強会を開くのであった。
17時過ぎにカグヤの母親は帰ってきて僕は丁寧に挨拶をした。
カグヤの母親は大げさに喜んで見せると僕を夕食に誘ってくれた。
彼女の母親とカグヤは外見がそっくりで美しい見た目をしている。
カグヤが歳を重ねたら同じ様な見た目になるのだろう。
などと簡単に予想がついてしまう。
「お邪魔じゃなければ…」
「邪魔なわけないわよ。カグヤの初めてのお友達なんだから」
「ありがとうございます。では両親に連絡を入れておきます」
「わかったわ。帰りは車で送ってあげるから。この辺は暗くなったら慣れていないと道に迷うからね」
「街灯が少ないですよね。僕の地元よりも夜が暗くて…最初の頃は怖く感じました」
「そうでしょ。都会っ子には慣れないわよね」
カグヤの母親は軽く微笑むとそのままキッチンへと向かった。
僕とカグヤはリビングで問題を出し合うゲームをして過ごしていた。
「真田くん。本当に頭良くなってるね。私と学力変わらないんじゃない?」
「そうかな?そうだったら嬉しいけど」
「私も負けないように夏休み中も頑張って勉強しよ…」
「僕も頑張らないと。上には上がたくさんいるからね」
「謙虚だね。出来るようになったのに偉そうにしないんだ?」
「しないよ。身近にもっと勉強できる人がいるから」
「あぁ…恋人さん?」
「そう。それに友達も」
「そうなんだ…早く会ってみたいな…」
「来年が楽しみだね」
カグヤはそれに頷くとテレビに顔を向けていた。
「今年は猛暑らしいよ。明日からも暑い日が続くって…図書館の空きは無いかもなぁ…いや、でも早く家を出ればワンチャン…」
カグヤがブツブツと独り言を漏らしていると彼女の母親が何でも無いように口を開いた。
「明日からもうちを使えばいいじゃない。二人のことは何も心配していないから好きに使いなさい」
「え?ホントに良いの?」
「良いわよ。真田くんは彼女持ちなんでしょ?不誠実なことはしないだろうし。カグヤから聞いていた通りいい子みたいだから。お母さんも心配していないわ」
「ありがとう。真田くんもそれでいいかな?うちなら涼しいしお昼とかも私が作れるよ」
「僕は良いけど…またお邪魔しても良いんですか?」
「全然良いわよ。カグヤを傷つけるような事はしないって信じてるわ。これからも友達として仲良くしてくれたら助かるわ。来年からは同じ大学に行くつもりなんでしょ?今のうちにカグヤともっと仲良くなって欲しいわ」
「はい。ではお言葉に甘えて…ありがとうございます」
カグヤの母親は夕食を作り終えるとリビングのテーブルに配膳した。
「特別なものは出せないけれど…良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
椅子に腰掛けるとカグヤの母親の料理を頂くことにする。
料理の味が僕の好みで食べ進めていくとカグヤの母親は大いに喜んだ。
「息子が居たらこんな感じなのかな…お父さんは食が細いしカグヤも沢山は食べないものね。こんなペースで食べてくれると嬉しいわ」
「本当に美味しいです。手が止まらなくて…申し訳ありません」
「良いの良いの。気にしないでいっぱい食べて」
「ありがとうございます」
カグヤと共に食事を済ませるとリビングの時計を確認する。
そろそろ20時辺りだった。
「親御さんが心配するだろうから。そろそろ送るわ」
そうして僕はカグヤの母親の車に乗り込むと帰宅する。
「カグヤさん。また明日ね」
車内のカグヤに別れを告げると運転席の母親にも挨拶をする。
「ごちそうさまでした。また明日からもお邪魔しますが…何か手土産を持って行きますね」
「良いわよ。気を使わないで。学生は子供らしく大人に甘えなさい」
「すみません。ありがとうございます」
挨拶をするとカグヤの母親は車を発進させる。
祖父母の家に帰宅するとそのまま与えられた部屋に向かった。
本日始めてスマホを手にするとさらりにメッセージを送る。
「勉強は捗ってる?」
メッセージを送ってからしばらくして、やっと既読が付いた。
だがさらりは勉強に集中しているらしく素っ気ない返事が来るだけだった。
「うん。夏休みは夜の勉強会出来ない。私も自分の勉強に集中したいから」
「そっか。今まで僕の勉強を見てくれていたもんね。迷惑かけてごめんね」
「大丈夫。私の我儘で同じ大学を目指しているんだから。その私がコケるわけにはいかないから。頑張るね」
「うん。お互いに頑張ろうね。お盆が過ぎたら地元に戻るから」
「そう。でも予備校が忙しいから今年の夏はあまり遊べないと思う」
「わかった。じゃあまた連絡するね」
そこまでやり取りをするとさらりはメッセージを終了させるようにスタンプを一つ送ってくるのであった。
僕とさらりの間に少しだけ不穏な影が落ちると高校生最後の夏休みは各々の道を進んでいくのであった。
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