第42話一年生の小悪魔

三年生の一学期が始まって一週間が経過した辺りのことだった。

僕ら三人は早めに登校すると朝の図書室で勉強会を繰り広げていた。

教えを請うことが段々と少なってきた僕も確実に学力が向上していた。

「そう言えば聞いた?一年生の小悪魔の噂」

ノートに目を移した状態でかがりは不穏な話を始める。

「小悪魔?なにそれ」

さらりは世間話を広げるように返事をするとかがりは続きの言葉を口にする。

「何でも入学して一週間で10名の同級生に告白されたらしいよ」

「ふぅ〜ん。告白されたのに小悪魔?告白して一日で振ったとかじゃないんでしょ?小悪魔じゃないんじゃない?」

「いや、それが一年生の大半がその娘に好意を抱いているみたいで…」

「魅力的な娘なんでしょ?それに何か問題があるの?」

「うん。入学して早々に一年生はギスギスした雰囲気に包まれているみたいなんだよ」

「うーん。でもどうしようもなくない?手のうちようがないでしょ」

「そうかなぁ…」

さらりとかがりは勉強の手を止めることもなく口を動かしていた。

僕は何となく話を聞いているだけで深くは考えていなかった。

「最近では二年生の中にもその娘に好意を持つ生徒が現れるようになって…」

「そんなに可愛い娘なの?」

「そうみたいだね。生徒会メンバーの二年生に聞いたんだけど…相当可愛い娘みたいだよ」

「なるほどね。雪見くんも気を付けてね?」

さらりは急に僕に釘を差すような言葉を口にして会話に参加することになる。

「うん。そうは言っても…さらりちゃんほどの美少女じゃないでしょ?」

「見たこと無いんだから断言できないでしょ?」

「そうだけど。それに僕は普段からさらりちゃんとかがりちゃんと過ごしているんだよ?普通の男子生徒よりかは美少女に耐性があるよ」

「そこでかがりの名前も口にするのは少しだけ不満だけど…」

さらりは不貞腐れるように唇を尖らせている。

「雪見くん…褒めてくれてありがとうね♡」

かがりはきれいに微笑むと僕に視線を向けてくる。

それに一つ頷き図書室の時計を確認する。

「そろそろ教室に戻ろうか」

「もうそんな時間?今日の朝活も実りのある時間だったね」

「いつも私も混ぜてくれてありがとうね」

参考書とノートをカバンにしまうと席を立つ。

そのまま揃って教室に向かうと自席に着席する。

HRを終えると一限目の授業に向かうのであった。


放課後のことである。

五限目の体育の授業でバスケットボールが行われたのだが…。

バスケ部の生徒の強烈なパスが不運にも僕の顔面に直撃する。

今までに味わったことのない激痛が顔面に走ると試合は一時中断される。

「おい!真田!大丈夫か?」

あまりの痛さにその場でぼーっと立ち尽くしていた僕に男子生徒は駆け寄ってくる。

「お前…鼻血出てるぞ!保健委員!真田を保健室まで連れて行って!」

何が起きているのか良く状況が理解できていないのだがクラスの保健委員に連れられて僕は保健室に向かった。

「先生呼んでくるから。椅子に座っててな」

「ありがとう」

少しだけくらくらする状況で思考力が定まらないでいると数分で養護教諭の先生が姿を現した。

「あぁ〜結構鼻血出てるな。ちょっと触るぞ。幸い折れてはいないな」

養護教諭の先生が僕の鼻を触診すると応急処置に入った。

「血は飲み込まないようにな」

高校生になって鼻血を出すとは思ってもいなかった僕は遅れて恥ずかしさが襲ってきた。

「六限目は一応休みなさい。三年生で受験の心配もあると思うけど…ぼーっとした状態で勉強するよりもたまには休んだほうが良い」

それに頷くと鼻血が止まるまでベッドに腰掛けて過ごすことになる。

保健室のベッドは二つあり、もう一つのベッドは既に誰かが使っているようだった。

静かな保健室で養護教諭は何やら書類の整理などをしていると再び立ち上がった。

「先生は職員室にいるから。何かあったら来てくれ」

それに頷くとベッドで休み、時間が過ぎていく。

久しぶりに授業を休み、何処か後ろめたい気分に駆られていた。

そんなことを考えていると突然、隣のベッドとの間に隔ててあったカーテンが開く。

「やっぱり真田先輩でした。奇遇ですね。こんな所で」

隣のベッドで横になっている女子生徒に声を掛けられてそちらに目を向ける。

だが僕はその女子生徒を知りはしない。

「えっと…何処かで会ったかな?名前は?」

「私を知らなくても当然ですね。同じ中学校の唐津五月雨からつさみだれです。以後お見知りおきを」

「はぁ。何年生?」

「一年です」

そう言われて朝の勉強会のときの会話を思い出していた。

「一年生で凄くモテている女子生徒がいるらしいね」

世間話程度に口を開くと彼女は何がおかしいのかクスクスと笑っていた。

「それは…私のことですね」

その言葉を受けて彼女の容姿をまじまじと見つめてしまう。

「なるほど。確かに納得だね」

彼女は可愛い系に全振りしたような見た目をしており、耐性のない男子生徒では簡単に虜になってしまうだろう。

話しかけられただけで勘違いしてしまうほどの可愛さの持ち主だった。

「唐津さんは体調不良?」

「はい。ちょっとお腹が痛くて…」

彼女の言葉を耳にして僕はそれ以上は聞かないほうが良いことを理解すると一つ頷く。

「先輩は体育の時間で怪我したんですね。失礼ながら話は聞こえてきたので」

「あぁ。うん。そうなんだ。バスケットボールが顔面に直撃してね」

「それは…痛そうですね」

「応急処置してもらったから。今は痛みも引いてきたよ」

そんな何でもない話を続けていると彼女は唐突にその言葉を口にする。

「先輩って彼女いますよね?」

「うん。いるね」

「一年生の間でも有名ですよ」

「そうなんだ。悪い噂じゃないよね?」

「いえいえ。彼女がいるのに他の女子も引き連れているなんて噂は流れてないですよ?」

「………かがりちゃんは進学予定先も一緒でただの友達だよ」

「そうですか。私に言い訳をされても困りますよ」

「言い訳じゃない。事実だから」

どうにか相手を納得させることが出来ると窓の外を眺める。

保健室の窓の向こうにはグラウンドがあり、三年生の女子が体育の時間を過ごしていた。

「彼女とも同じ進学先なんですか?」

「その予定だけど」

「仲が良いんですね。羨ましいです」

「そう?ありがとう」

短いやり取りを終えると彼女は再び目を瞑ってしまう。

そのまま六限目に突入して無事に放課後を迎えると揃って保健室を後にする。

「またすれ違ったら挨拶してもいいですか?」

「構わないよ。じゃあまたね」

「はい。ではまた」

唐津と保健室の外で別れると各々の教室に向けて歩き出すのであった。

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