第41話約束の花見

終業式が終わった週末の土曜日のこと。

早起きをすると約束の花見の準備に取り掛かっていた。

飲み物とお弁当とレジャーシートを大きなリュックサックにしまうと背負い込んだ。

11時30分に集合だったのだが少しだけ早めに家を出ると場所取りをした。

だが心配は杞憂に終わることとなる。

この場所は穴場なため人の姿は無かった。

過疎化の進んだ公園に一本だけ植えてある大きな桜の木。

その下にレジャーシートを敷くと靴を脱いで座り込んだ。

リュックサックの中から飲み物とお弁当を取り出すとレジャーシートの上に置く。

時計を確認すると11時15分辺りだった。

桜を見て黄昏れていると足音が二つ聞こえてきてそちらに目を向ける。

「おまたせ〜!早く来たつもりなのに雪見くんの方が早かったね」

さらりとかがりは揃って到着すると手荷物をレジャーシートの上に置く。

そのまま靴を脱ぐとレジャーシートの上に腰掛けた。

「凄い穴場ね。誰も居なくて静かで良いわ」

かがりは感嘆のため息をつくと桜の木に見惚れていた。

「早速お昼にしよ。飲み物は好きなの選んで」

彼女らは各々の好みの飲み物を手にするとお弁当箱を広げていた。

「どれも美味しそうで目移りしちゃうね…」

割り箸を割ると完全に迷い箸をしてしまう。

「お行儀悪いよ」

かがりに軽く注意を受けると頬をかいて誤魔化した。

「どれも本当に美味しそうで…つい…」

「料理は逃げたりしないよ」

さらりにも軽くたしなめられると大人しく唐揚げから選ぶことにする。

そのお弁当箱はさらりのものだった。

「どう?美味しい?」

その言葉に深く頷くと簡単な感想を口にした。

「美味しい。まだ温かいから来る前に揚げてきたのかな?いくらでも食べられそう」

「まだまだあるけど…バランス良く食事をしてね」

「うん。そうする」

次にかがりのお弁当箱に目を向けると卵焼きに目が止まった。

中にはチーズが入っているらしく非常に美味しそうに映る。

「かがりちゃんのお弁当も食べて良い?」

「うん。是非食べてみて」

その言葉を合図にかがりのお弁当箱に箸を伸ばすと卵焼きを紙皿に乗せた。

「じゃあ頂きます」

そのまま口に運ぶと卵焼きは冷えているにも関わらず非常に美味だった。

甘い卵焼きで中のチーズのしょっぱさが良いアクセントになっていた。

「美味しい。自分で作ったの?」

「うん。兄弟が多いから休日は間食と言うか、おやつのような料理を良くするんだ。みんな食べ盛りでね。お母さんは忙しいのに夕食は必ず作ってくれるの。でも大変なのは少し考えれば分かることでしょ?だから料理も覚えるようになって時々手伝っているんだ」

「へぇ。流石だね。偉そうな言い方で申し訳ないけれど…文句の付け所が見当たらないほど美味しいよ」

「ありがとう。さらりとどっちが料理上手だと思う?」

かがりはいたずらっぽい表情で僕に問いかけるとさらりも興味があるようで僕のことを見つめていた。

「そういう試すような質問はあまり好きじゃないんだけど…」

苦々しい表情を浮かべている僕に気付いたかがりは手を前に出して首を左右に振った。

「冗談冗談!ただのジョークだよ」

しかしながら、彼女らの頑張りに応えるためにも僕は偉そうだとは承知の上、しっかりと採点するような言葉を口にした。

「さらりちゃんは、食事する人の気持ちをよく考えていると思う。揚げ物はどうしても冷えているよりも温かい方が美味しい。それを理解しているから家を出る前に揚げてきたんだな。って唐揚げ一つ食べただけで理解することが出来た。後は細かい調味料を丁寧に配合したんだと思われる丁寧さと心配りを感じることが出来た。いつも通り丁寧な仕事で最高なパフォーマンスだったよ。点数を付けるとしたら満点だね」

さらりは話を聞いている最中、照れくさそうな表情を浮かべていた。

見透かされている様な気分になったのかもしれない。

だが僕は夏休みから今までの短いようで長い間、さらりのことをしっかりと見てきたのだ。

ちゃんと彼女のことを理解することは出来ているはずだ。

「かがりちゃんは、兄弟が多いからか飽きることのない料理を研究してきた努力の成果が見て取れる。食べ盛りの兄弟でも毎日同じ様な料理が出てきたら文句の一つも出ると思う。でもきっと兄弟を満足させるために色々試行錯誤しているんだな。って卵焼き一つ食べただけで理解できたよ。点数を付けるとしたら満点だね。はっきり言って僕なんかが二人を比べて採点することは失礼だよ。どっちも最高に美味しい料理だと思うな」

かがりも僕の言葉を照れくさそうに聞いており俯いて顔を赤らめていた。

「観察眼に優れている男子は困るわね…」

さらりが苦々しい表情で口を開くとかがりも同意の言葉を口にした。

「ホントそれ…」

「まぁ余興はこれぐらいにして…お昼にしましょ」

さらりの言葉を合図に本当に昼食が始まると世間話などをして過ごしていく。

「そうだ。南雲さんがかがりちゃんの心配をしてたよ。もう無理してるってさ。自分らしく会長職を全うすれば良いって。かがりちゃんにはかがりちゃんの良さがるからって」

「私の良さ?そんなものあるかな…」

「あるよ。南雲さんは会長選の柔軟な発想を特に褒めていたよ。南雲さんは凄い会長だったけど必ずしも倣う必要はないと思うな。かがりちゃんらしくね。また迷ったり困ったりしたら僕らに話してよ。いつでも今の言葉を贈るから」

「うん。ありがとうね。ちょっと無理してたの…流石に完美さんには気付かれてたか…」

かがりの少しだけ落ち込んでいる姿を目にしたさらりは何食わぬ顔をして口を開く。

「自由に伸び伸びとした学生生活を送るんでしょ?まずはかがりが手本を見せないと。新入生に笑われても知らないよ?」

「そうね。私が手本にならないとね…」

「また張り詰めてる。もっと柔軟なのが取り柄なんでしょ?」

「そうね。切り替えていこ!」

さらりの励ましにかがりは応えると表情は明るいものに変化した。

花見は夕方辺りに終わり僕は彼女らを家まで送る。

先にかがりの家の方が近くにあり送り届けると別れを告げる。

「三年生になっても変わらずに仲良くしてね?」

「こちらこそ」

僕とさらりは同じ言葉を口にするとかがりの家を後にする。

そこから数km先のさらりの家に到着すると別れの言葉を口にする。

「明日からもまた勉強漬けだけど…大丈夫?」

さらりは僕の表情を伺っていたが笑顔で応えた。

「大丈夫。勉強漬けの日々にも慣れてきたところだよ」

「そう。じゃあ同じ大学に行けるように頑張ろうね」

それに頷くと手を振ってマンションの外に出た。

大人しく帰宅すると明日からの春休みは、また勉強三昧の日々なのであった。


三年生の一学期が訪れていた。

校庭の掲示板にクラス発表の用紙が張り出されている。

僕とさらりとかがりは幸運にも同じクラスなのであった。


喜び合う僕らをよそに何やら企んでいる小悪魔が居ることをまだ誰も知りはしない…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る