第36話バレンタインデー

三学期はとにかく早く過ぎるもので現在は全男子生徒がソワソワしだす2月のあの日がやってきていた。

恋人の居る僕でもソワソワしてしまう14日。

駅で待ち合わせたさらりと登校するが何かを渡してくるような素振りはまるで見せない。

何もないまま学校に到着すると先に教室で男子生徒に囲まれている姫野と目が合った。

「あ!やっと来た!助けてよ」

猛獣のような男子の輪から抜け出してきた姫野の手にはファミリー用の大袋のチョコレートがある。

「おはよう。みんなそれが目当てなんでしょ?ちゃんと渡した?」

何目線かは分からないが姫野に問いかけると彼女はウンウンと頷いた。

「明らかに義理だって分かるのに嬉しいものなの?」

「もちろん。今日女子にチョコを貰えるってことは存在を認めてもらえているっていうことと同義だから」

「大げさじゃない?たかがチョコだよ?」

「チョコが大事というか…今日だから意味があるんだよ」

「ふぅ〜ん。真田くんは副嶺さんに当然貰ったんでしょ?」

「えっと…」

そこで言葉に詰まった僕はさらりの方に顔を向ける。

「まったく…私のペースで渡したかったのに…余計なことしてくれたわね」

さらりは姫野をジロっと睨むと憎まれ口を叩く。

「それは…ごめんね?悪気は無かったの…」

姫野は明らかに落ち込んだ様子を見せる。

さらりは仕方無さそうにカバンの中からきれいに包装された箱を取り出すと僕に渡してきた。

「ハッピーバレンタインってことで。もちろん本命だよ♡」

さらりは最後の部分を照れくささを誤魔化すように戯けた様子で言った。

「ありがとう。帰ったら開けるね。勉強の合間の休憩中に有り難くいただきます」

「うん。今日の夜も電話しながら勉強しようね?」

それに頷いた所で姫野はそそくさと自席に戻っていった。

姫野はファミリー用の大袋を机の上に置くとカバンに手を伸ばした。

そこから彼女はラッピングされた手作りのチョコを持ってくると僕に手渡す。

「日頃の感謝の意味を込めて…仲良くしてくれてありがとう…一応本命です…」

「手作りしてくれたの?ありがとう」

それを受け取るとさらりは隣で不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「付き合っても居ないのに手作りとか重くない?」

さらりは姫野に先制の口撃をする。

嫌味のような一言を受けても本日の姫野はダメージを受けた様子を見せない。

「何度も試行錯誤して一生懸命作ったんだ。弟と妹にも沢山試食してもらって…上手にできたと思うから…良かったら食べてね?」

「うん。もちろん頂くよ。わざわざ僕のためにありがとうね。ホワイトデーは楽しみにしてて」

「お返しなんて要らないけど…私の自己満足だから。真田くんは副嶺さんの恋人だから…私達の関係に変化がないことは分かってるし…ただどうしてもちゃんと伝えて渡しておきたかったの」

「そっか。でも嬉しいよ。僕なんかに少しでも好意を抱いてくれてるなんて、それだけで幸せだよ。ありがとうね」

「うん…私こそ受け取ってくれてありがとう…」

僕らのやり取りを見ていたさらりは不機嫌そうな表情を崩さずに口を挟む。

「恋人の前で他の女子と仲良くしないでよ…」

「ごめんごめん。姫野さんは普通に友達だし進学予定先も一緒だから仲良くしておきたいんだ。これから進む道の先にも姫野さんは居るんだから、さらりちゃんもちゃんと仲良くしておきな?いつか何かあった時には助け合える関係を築いていたほうが良いと思うよ」

「なんか最近…急に大人っぽくなったと言うか…雪見くん変わったね…」

さらりは少しだけ寂しそうな表情を浮かべると自席に向けて歩き出した。

残された僕と姫野はやれやれとでも言うようなジェスチャーを取るとさらりのもとに急いだ。

「真田くんを独占できなくなって拗ねているだけよ」

姫野は冷静にさらりを分析すると僕に耳打ちする。

「そうかもね。後でちゃんとフォローするから姫野さんは気にしないで」

「うん。副嶺さんって意外に束縛激しいんだね」

姫野は軽く微笑んでその様な言葉を口にする。

僕も軽くハニカンでそれに頷くとさらりのもとに向かう。

「バレンタインで浮かれるのは良いけど…勉強も疎かにしないでね?もうすぐテストなんだから」

「うん。必ず10位以内に入るよ」

「約束だよ」

それに頷くと僕らは三人でHRが始まるまで昨日の復習をして過ごすのであった。

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