第8話寝不足の理由

友人のような恋人関係が続いていく僕らの関係はプラトニックなものだった。

深く関わりたくないとかそういう訳では無い。

ただタイミングが見つからないのだ。

毎日一緒に過ごしており離れることもない僕らは夏休み限定の夫婦のような関係に落ち着いていた。

夫婦と言っても親友のような仲の良い関係。

お互いに好意は十分にあるのだが、それをどのように表現すれば良いのか分からずにいるのだろう。

「アイス食べたい…」

さらりはキッチンの冷凍庫を開いて少しだけ残念そうに口を開いた。

「毎日食べてない?お腹壊すよ」

「でも暑いじゃん…」

「じゃあ買いに行く?」

「夕食の買い物ついでに行こ」

それに頷くと僕らは揃って家を出る。

「雪見くんの両親はいつ頃帰ってくるって?」

「まだまだだよ。ふたりとも幼馴染だから実家も近いんだ。お互いの実家に帰省するんだろうから8月の中盤まで帰ってこないんじゃない?」

「どんな仕事をしているの?そんなに仕事休んで大丈夫なの?」

「ん?教師なんだけど…部活の顧問もしてないし生徒と同じように夏休み多めにもらったみたいだよ」

「ふぅ〜ん。そういうものなんだ」

「僕も詳しくは知らないけどね」

他愛のない会話を繰り返しながら近所のスーパーに向かうと夕食の食材を買い込んだ。

「ナスが安い。夏野菜がとにかく安い。麻婆茄子にしようかな」

「作れるの?」

「なんとかね。分からなかったら調べれば出てくるし。調味料だけ調べて買ってこ」

「凄いね」

さらりは褒められたことに喜ぶと食材をかごの中に入れてアイスのコーナーに向かった。

棒付きのアイスキャンディーをお互いに選ぶと会計に向かう。

エコバックに買った食材を詰めると帰路に就く。

帰宅途中に買ったアイスキャンディーを食べながら川辺を歩く。

「こう暑いと川にでも飛び込みたくなるね」

川のキラキラ光る水面を見たさらりは唐突に口を開く。

「危険だよ。流されたらどうするの?」

「でも今も遊んでる子供いるよ?」

「そうだね。怖くないのかな」

「川が怖いの?」

「毎年ニュースで不幸な事故の報道が流れるでしょ?あれみると凄く怖く感じて」

「そうだけど…じゃあ釣りは?」

「道具持ってるの?」

「持ってないけど…」

「じゃあ出来ないじゃん」

「そうなの?」

「釣りは大変だと思うな。今度釣り堀でも行く?」

「暑くない日なら…」

「結局そこだよね…」

インドア派な僕らは想像だけ膨らませるだけで行動には移そうとはせずにいた。

帰宅するとさらりは早速キッチンに立つと料理を始めた。

「何か手伝う?」

「ご飯炊いておいてくれる?」

「了解」

最近の僕の仕事は米を研いで炊飯器にセット。

スイッチを押してご飯を炊く役割を任されていた。

さらりは手早く調理を進めるとあっという間に野菜を切り終えてフライパンを握っていた。

複雑な調味料をいくつも入れていくと本格的な麻婆茄子の匂いが室内に漂ってくる。

「悪いんだけど換気扇つけてくれる?」

彼女は手が塞がっており僕に声をかけると申し訳無さそうな表情を浮かべた。

「全然。なんてことないよ」

適当な返事をすると換気扇のスイッチを押して室内の換気をした。

「ちょっと冷房で冷えすぎたから窓も開けるよ」

「わかった。ありがとう」

料理をしている彼女はコンロの火を使っている為、暑いだろうに感謝の言葉を告げてくる。

健気で優しい彼女に微笑ましい気持ちになると僕らの夏休みはまだまだ続く予感がするのであった。


本日も何事もなく一日が終了しようとしている。

夜のリビングで僕とさらりはソファに腰掛けてテレビドラマを観ていた。

男女のキスシーンが流れてきて少しの気まずさに見舞われる。

「私達もそろそろ…しないの?」

情けない話だが女性のさらりに誘いの文句を言われて僕は言葉に詰まってしまう。

「えっと…キスを…?」

恥の上塗りかもしれないが問いかけるとさらりはそれに頷いた。

「してもいいの?」

「逆にいつしてくるんだろうってしびれを切らしてるんだけど?」

その言葉を耳にして僕はゴクリと唾を飲み込むと彼女の両肩を優しく掴む。

そのまま顔を近づけていき…。

初めてのキスを交わすと僕らは若干の気まずさから素早く各々の寝室に向かう。

僕は自室へ。

さらりは客室へ。

お互いの心拍数が急上昇しながら真夏の熱帯夜を眠れもせずに悶々と過ごしていくのであった。

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