第5話台風の夜

台風が街にやってきてからと言うものの彼女は一人になりたがらなかった。

何処に行くにも僕について来てそれを少しだけ微笑ましく思った。

「何処行くの…?」

「お手洗いだよ。まさかトイレにも付いてくる気?」

「うん。トイレの前に居る…」

急に幼い子供のようになった彼女に軽く微笑むと僕らは手を繋いでトイレの前まで向かう。

ちなみにだが本日のさらりはメガネを外して随分とオシャレをした格好だった。

だが僕は前回よりは慣れてきていて、ドギマギせずに済んでいた。

しかしながらトイレの前に恋人がいると思うと…。

少しだけ居心地が悪いというもので…。

「耳塞いでててね?」

彼女はそれに頷くと本当にトイレの前で僕のことを待っているようだった。

素早く用を足すとトイレ内で手を洗いタオルで水分を拭った。

トイレの外に出ると彼女は言われた通りに耳を塞いで僕を待っていた。

「洗面所行くけど。先にお風呂入りなよ」

何故か少しだけくさいセリフになってしまったが断じてそういうつもりではない。

「脱衣所で待っていてくれる…?」

「さらりちゃんが気まずくないのであれば」

「じゃあ居て…?」

それに頷くと僕は洗面所でもう一度しっかりと手を洗う。

「バスタオルがこれで…寝間着は僕のもので悪いけど…」

彼女にそれらを渡すと一度脱衣所の外に向かおうと踵を返した。

「何処行くの…?」

心配そうに尋ねてくる彼女に少しだけ顔が引き攣るとさらりは僕の服の裾を掴んだ。

「そのまま後ろ向いてて?すぐに服を脱いでお風呂に入るから」

「わかった…」

少しの緊張感の中、さらりが服を脱ぐ衣擦れの音を聞きながら僕は心を静めていた。

ガチャリと風呂場のドアを開ける音が聞こえてきて彼女が風呂場に入ったのを理解する。

そこからシャワーの流れる音を聞きながら30分程その場で無心で過ごすのであった。


さらりが風呂を出ると代わるように僕が風呂に入る。

全身をきれいに洗うと脱衣所に向かった。

彼女は後ろを向いており僕はすぐにバスタオルで全身を拭いて着替えを済ませた。

「じゃあ行こうか」

僕らは再び手を繋いでリビングに向かうとソファに座ってテレビを眺めていた。

「今日は怖くて眠れない?」

「うん…無理…」

「じゃあ映画でも観よ。気分が晴れるようなスカッとしたやつ」

「うん…」

そこから僕らは夜が明けて台風が過ぎ去るまで映画を観て過ごす。

外には朝がやってきていて僕らは互いにウトウトしていた。

僕の部屋のベッドで眠るわけにもいかず、ソファに身を委ねながら昼過ぎまで眠るのであった。

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