第27話
私と彼は読書好き。とくに優しい本が好き。
夢のある本で、小さな小さな箱庭みたいな夢の世界。
本の中では人がどこまでも優しくて、私たちはずっと二人で本の中で生きようとしていた。現実の世界の人たちはひどくて。なにかあると、私たちを囲って痛めつけてくるから。
本の中の人は優しい。言葉遣いもきれいで思い遣りがあって、みんな、本当に人を大切にしてくれる。悪いヤツがいたって、強い人が来て必ずやっつけてくれる。
ただ、現実は厳しくて、笑いながら人を痛めつける人が勝って、人生が幸福になって幸せな家族を作って私たちの人生を踏みつけにして当然と笑っている。
だから、私たちは現実なんて無視して二人きりで他の人たちなんて無視して生きることにしたんだ。
傷つけられて痛めつけて仲良くなるなんてできないと思う。人は傷めつけられている人間を、仲良くしないのが悪いとか言う。
だから、私たちは徹底的にそれを拒否して、二人きりでいることを選んだ。
二人で本屋に通って、本の世界のことだけを話してずっと生きていた。
本の中の人たちは優しくて、私たちを虐めたりしないから。ずっと閉じられた世界で、二人だけの関係。私たち、二人以外に他に必要な人間なんていらなかった。
「たぶん・・・僕らはいずれ世界に殺される・・・。僕たちみたいな人間は世界に必要ないんだ。ただ、最後の瞬間まで、どんなことがあっても、僕になにがあっても、君を守るから・・・。どんな奇跡を起こしたって。絶対に僕は君を守るから」
ヨウジは真剣な顔でそんな風に私に言う。ヨウジはいつも青あざだらけだ。私をかばって殴られたりするから。病院に行くほどお金がないから、いつもディスカウントショップの傷薬を使ってシップを私が貼る。
私は臆病で、いつもヨウジの影に守られてビクビクしてる。代わりに殴られるヨウジを助けたいけど・・・ただ、守られてるしかない。ただ、傷を癒すことくらいしかできない。弱いから。
ヨウジはすごく優しい。
色白で、色素の薄い肌に、優し気な垂れ目の彼が好き。すごく思いやりがあって、ずっと一緒の私に対してすら、考えすぎて何も言えないことがある。
私たちは二人とも学校でイジメられて殴られてる。
「おい。汚い化け物が二人、俺らの世界にまぎれてるぜ? 痛めつけようぜ」
「ははは。やっちゃおう。うじうじして根暗なコイツラなんて生きてる資格ねえ」
「蹴り入れろ。やっちゃえっ。あはは」
「はははは」
私も彼も中東系の貧乏な国のハーフで毛色が少しだけ違っているからって。
ヨウジは一人で学校を休んで新聞配達のバイトをしていた。私たちが二人で生きられる場所を作るため。高校生の私たちには難しいけど、いつか二人だけで幸せになりたかった。
「・・・・」
「なに? なんか考えてる? ヨウジ」
「・・・ん。なんでもないよ」
ヨウジはそう言って、ボロボロになった体で私の頭を軽く撫でる。彼は私を猫みたいにやさしく撫でる。なにげなく、でも、愛おしそうに私に笑いかけてくる彼が好き。
「幸せかい?」
ヨウジは私に言う。
「うん」
私は笑って答える。
「・・・よかった」
私たちはいずれ社会から離れて小さく二人で生きて行こうって話し合ってた。指折りして、高校を卒業するまでの日を二人で数えていた。だって、世の中って本みたいに優しくない。
こんな世の中なら二人きりで生きようって思うの当然だと思う。
「社会人になったら、二人で生きよう」
「うん。・・・そうだね。・・・大人になっても二人で頑張って生きよう」
彼はヨウジ。私はセリ。二人きりの関係。友達なんて私たちには必要ない。ただ、二人きりで高校生まで生きてそれからずっと二人でいるんだ。
私たちは二人とも親戚に預けられている。うちでは立場がない。ヨウジも私も両方とも母親が外国から来た夜の街の人だった。
父親は性欲で母を買っただけ。ただ、性欲に飽きると母を捨てて、日本人の妻を手に入れて軽々しく笑ってた。
母はマンコが汚いって。貧乏な国になったら、勝手にヒエラルキーが出来上がる。だから、貧乏な国の女を買って気軽に捨てて笑うんだ。
子どもが出来たことを、父親たちはひどく汚いものを押し付けられたみたいに憎んでる。自分たちの性欲で遊んだだけなのに。私たちは二人とも父親からも親戚からもゴミ扱いされてる。
私は軽々しくヒエラルキーとかいう日本人が大嫌いだ。軽くジョークのつもりで、日本人はヒエラルキーを口にして、富裕の国にはペコペコしてへつらって雑魚の手下になり、代わりに貧乏な国はマンコが汚いとかお金で自由に女を買ってバカにしてる。
日本人は虫唾が走るくらい最低の民族だ。だから、自分が産まれた国だけど、日本が嫌い。ただ、私たちは貧乏な国のハーフだから帰るべき国もない。
貧乏な国の血を引いてるからって、日本でずっとバカにされ続けながら生きるんだ。最低に軽々しく汚いマンコを買って、西洋人にはペコペコしてへつらう単なる雑魚の短足で心の汚い日本人の下で。
ただ、そんなだから二人で通じ合ったんだ。
でも、そこで神様が悪戯したんだ。私たちを離ればなれにさせるためのすごい陰湿な悪戯。私たちはバズの力を得たんだ。それは自由にバズする力。
どんな状況でも、私たちが願えば、バズる。そして、世界は変わるの。
「君たちは思い描いたろう。夢の世界を。それが現実になる。君たちが願いを持って、動画を配信すれば、それが現実になって夢の世界が作られるんだ。さあ、自由に開いてごらん。君たちの世界を」
突然現れて、私たちを助けてくれるという神さまにヨウジは懐疑的。
「二人っきりでいいよね? バスしなくても」
ヨウジは言ったけど、私は思ったんだ。
「でも、バズし続ければ、お金が入り続けるし、そしたらずっと二人で幸せになれる。大人にならなくてもいいかも」
それは神様の与えた罠だった。
バズの力を与えられた私たちは自由に自分たちで世の中を弄ることができた。
バズの力は自由。どんな願いでもバズに関することなら叶えられる。
カメラをそっと向けて、バズの力を使うとモンスターが産まれた。
「バズの力ってすごい。この力で大嫌いなヤツみんな殺しちゃえっ。優しくないヤツなんてみんな死んじゃえばいい。そしたら世界は優しくなるよ! 弱い私たちが強くなったら、みんな何もできなくなるよっ」
疑っていたヨウジも喜んでくれた。
「いいね。僕もみんなで殺してしまおう。僕らが強くなったら、みんな笑って僕らを好きになってくれるかな?」
「きっとなるよっ。二人で優しい世界を作ろうよ」
私が言うとヨウジはうなずいて、そして、私たちは動画を配信をはじめた。
すると突然世界にモンスターが溢れて、世界でひどい人間を貪り食い始めた。
法律の影に隠れて悪さをして、人を痛めつけている人間がモンスターに貪り食われて死んで行った。世界は動転。私たちの動画に驚嘆した。
やったあ。
「みたっ。私たちは最強なの! 私たちは理想の世界を作る。最悪の人間は全部殺す。人にやさしくない人間は全部死んじゃえっ。あんたたちは本来なら生きていちゃいけない人間なのっ。だから、全員死んじゃえっ。優しくできない人間なんて、世界にはいらないのっ。あっはっはは」
ヨウジは無言で、私を観た。
「・・・・」
「なに? なんか考えてる? ヨウジ」
「・・・ん。なんでもない」
ヨウジはそう言って、私の頭を軽く撫でる。
彼は私を猫みたいにやさしく撫でる。
なにげなく、でも、愛おしそうに私に笑いかけてくる彼が好き。
二人でいるとき、後ろから抱きしめて彼は包むように私を扱う。好き。
「幸せかい?」
ヨウジは私に言う。
「うん」
私は笑って答える。
「・・・よかった」
世界は大混乱になった。すごい数の人が死んで、そして、誰も私たちには逆らえなかった。私たちは街に出てカメラを向ける。
人に汚い言葉を吐きかけてる人間。人を痛めつけて笑ってる人間。そんな人たちを見つけると、私たちは動画で撮影して、そして、宣言するんだ。
「死刑っ。モンスター殺しちゃえッ」
動画の中で大勢の人間が貪り食われて死んで行った。そして、世界は私たちに怯えて何もできなかった。私たちに逆らってミサイルを飛ばして倒そうとした国は、それをしようとした途端、ドラゴンで首相官邸を襲って皆殺しにした。
やがて、人はみんな黙って私たちに従うようになった。
恐怖はやがて崇拝になって、私たちはみんなから尊敬されて崇拝されるようになった
「幸せかい?」
ヨウジは私に言う。
「うん」
私は笑って答える。
「・・・よかった」
ヨウジは何も言わなかったけど、喜んでくれてると私は思ってた。だから、私は次の計画を打ったんだ。
次に私は月の船を作った。
時計仕掛けの掛時計みたいな不思議な船。私はファンタジーが好き。そこには、色々な人種がいて、そして、みんな、愛しあえてる。魔族がいて、獣人がいて、エルフがいて、ドワーフがいて、みんな、みんな優しいんだ。
だから、現実の魔族で肌の色が浅黒い私は、現実がファンタジーになったら、みんなと愛し合えるようになるかもと思った。
世界に明確に楽しい目標を作れば、世界の人はみんな愛しあえると思ったんだ。
月の船でみんなで宇宙を冒険する夢を観る。フィリピン人の友達がキャプテンになって、ロシア人の船乗りがいて、日本人も大勢わいわい言って楽しめるかな?
「月の船で世界を廻れたら、みんな幸せになれるはず」
「うん。優しい夢だね」
「うん。みんな幸せになれば、私たちイジメるヤツなんていなくなるから」
私が言うとヨウジはうなずいて、そして、私たちは動画を配信した。
すると突然私の家の庭に月の船が出来て、その動画を観ると人が喜んだ。
世界は私たちの動画によって、徐々に徐々にファンタジーの世界になって行った。
「・・・・」
「なに? なんか考えてる? ヨウジ」
「・・・ん。なんでもない」
ヨウジはそう言って、私の頭を軽く撫でる。
彼は私を猫みたいにやさしく撫でる。
なにげなく、でも、愛おしそうに私に笑いかけてくる彼が好き。
キスをしたのはまだ2回だけ。幼稚園のときと、小学生の低学年のとき。
大人になってから彼は私にキスしてくれてない。
「幸せかい?」
ヨウジは私に言う。
「うん」
私は笑って答える。
「・・・よかった」
私たちが動画を配信すると、その動画に色々な珍しいものが作られる。
それは色とりどりの花であったり、不思議な景色の世界だったり、
とにかく、私たちが動画を撮ると、色々な新しいものが世界に溢れ始めた。
それで、私たちは人気ユーチューバーになって、お金に困らなくなった。
花をいっぱい作ったり、夢の木を生やしたり、バズの力で私はなんでもした。
「学校やめようよ。ヨウジ。10憶手にはいったから二人でくらそ」
「うん。これで僕らを虐める連中とさよならできるね」
「私たちずっと一緒」
「どんなことがあっても、セリは僕が守るよ」
私たちは優しい世界が好き。人が傷つかなくて、自由に愛し合える世界。
ヨウジにとってもそれは同じで、私たちはお金持ちになっても二人で一人だった。
「ずっと一緒だよ」
「うん。死ぬまで一緒。ずっと優しい世界を作って行こう」
ただ、神様がそのとき突然現れた。
世界に向けて宣言したんだ。
「この世界をムチャクチャにしたのは、この二人だよ。全部世界をメチャクチャにして滅ぼそうとしたんだ。僕の力を使って二人で好き放題に君たちをオモチャにしたんだ」
ウソっ。なんで手のひらを返すの?
バズの力与えてくれて、私たちの味方だったんじゃなかったの?
神様は私たちのやったことを世界中に広めて、私たちを世界の敵にした。
その上で、私たちのバズの力を取り上げたんだ。
私は優しい世界にしたかったのに、私たちが世界をムチャクチャにしたって。
ただ、みんな笑ってたジャン。
そして、私たちを褒めたたえてた!
私たちのお蔭で世界が優しくなったって言ってた!
なのに、今更怒るなんて信じられないっ。
世界中の人たちが私たちに襲い掛かって来た。
私たちを殺すために大勢が動いてる。
東京中を私たちは電車に乗って逃げた。ただ、私たちはやたらと目立ってどこにも隠れられなかった。
そこで、ヨウジが自転車をレンタルで借りて、埼玉の方に私たちは逃げた。
ただ、どこまでもどこまでも人が追ってくる。警察も追って来る。
私たちは肌の色が日本人と違う。だから、どこに行っても、すぐに私たちって誰も気づいてしまうんだ。そして、肌の色だけで私たちは現実の魔族扱いされてる。
私の肌を観ておばさんが言った。
「汚らしいフケツな色の肌ね。白人の肌に近づいた私たち日本人とはまるで違う。そう。私たちは名誉白人。特別なヒエラルキートップの白人様に従う特別な短足のヒエラルキー2位の下僕なのっ。少女漫画から私はそれを学んだのよ。死になさいっ」
そのとき、ヨウジが言った。
「この世界を壊したのはセリじゃない。僕だ!!! すべて僕がやったんだ!!」
人の怒りが、世界の怒りのすべてがヨウジに向かって。
「いやだぁああああああああ」
「いやだあぁああああ。助けて。助けて。ヨウジを助けてよおお」
「やだよぉおお。やだよおおおお。私を殺してぇえええ。私を殺してぇええええ」
ヨウジはずっと言い続けた。死ぬまで言い続けたの。
「この世界を壊したのはセリじゃない。・・。僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「世界を壊したのはセリじゃない。・・。僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「この世界を壊したのはセリじゃない。・・。僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「世界を壊したのはセリじゃな・・。僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「この世界を壊したのはセリじゃな。僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「世界を壊したのは僕だ・・・ すべて僕が・・・」
「僕だ・・・ 僕が・・・僕が・・・」
私はメチャクチャに暴れたけど、結局、集団の力でヨウジはメチャクチャに殺された。
ヨウジは自転車から引きずり降ろされて、ぐちゃぐちゃに何度も何度も殴られた。骨が折れても。石で殴られた。
「僕だ・・・ 僕が・・・僕が・・・」
ずっと二人でいたかった。
世界中が優しくなったら、私とヨウジで生きられると思ったのに。
私たちをイジメる世界なんて大嫌いだった。
私はたった一人生き残って、ただ、影で震えてるしかできなくなった。これからもずっと一人ぼっちだ。
学校に戻って、私はみんなからクスクス笑われた。恥さらしの人間のクズだって。世界を壊した魔王の片割れだって。
ただ俺たちはお前たちクズと違って人間だから許してやったって。永遠に俺たちの下で下僕になってイジメられ続けろって。
学校のトイレしか逃げ場がなくて、そこでヨウジがいないことで私はボロボロ泣いた。後で、学校のトイレに一人籠って、私はヨウジの最後の想いを知った。
スマホの動画にメッセージが残ってた。
バズなんてどうでもよかった。世界なんてどうでもよかった。
笑ってる君が好きだった。
セリだけ守って、ずっと一緒に静かに暮らしたかった。僕は君だけを守るために強くなりたかった。バイトでもいいから、君だけをどうしても守りたかった。
弱くてなんの力も持たない僕だけど、君に勿忘草を送るよ。
いつか僕が強くなって君を幸せにできるようになったら、結婚して欲しい。
スマホの画面の中で、ヨウジはまっすぐ私だけを観て、そっと小さく月の花を私に差し出してた。
青白い勿忘草の花弁がリンと揺れた。
私はヨウジを思った。
ずっとずっとヨウジを思ったの。
お願い。神様。世界のみんな、ヨウジを返して。
私の命なんてどうでもいいから。私なんて死んじゃったほうがいいから。
私が世界に夢なんて見なければ、優しい世界にしようとなんて思わなければ。
世界を憎まなければ。好き放題にムチャクチャ人を痛めつけて遊んで大人になるクズたちを始末したいと思わなければ。
ヨウジは死ななかったの。
ヨウジは一度だって、バズの力を使わなかった!!! ただ優しく私を見て、私の思う通りにさせてくれただけだったの!!!
ただ、私はヨウジが好きで。とてもとても、死んでからも愛していて。ヨウジがいないと私、生きられないのに・・・。
なのに、生きてる私がいて。
一人ぼっちは寂しくて。ときどき、ヨウジの私の髪を撫でた感触を思い出すの。なのに、ヨウジはいなくて。ヨウジはぐちゃぐちゃになって死んでいて。
二度と戻らない後悔の中で、私はずっと生き続けなければならないの!!!
クズの人間たちの下で奴隷になったまま。
お願い! 神様。ヨウジを返して!!!
お願い! 神様。ヨウジを返して!!!
私、ヨウジがいないと生きられないの。ほんとに、ほんとに生きられないの。
助けて。ヨウジ。
私はひとりぼっち。死にたい・・・。死にたいの・・・。
ただ、死にたい。死にたい・・・。
私は決意して、太いカッターを首筋にあてて死のうと思ったの。
そしたら、青い勿忘草がわっと咲いて、私の周りに青白い花がいっぱいになった。
「僕は君を守るから」
ヨウジがはじめて使ってくれた神様から盗んだ魔法の力。死んでもヨウジは私を守ってる。ただ、私は青白い花に囲われながら、ボロボロ泣くことしかできなかった。
死んでもヨウジが私を守ってる。
ただ、それがつらくて悲しくて、私はただ、泣くことしかできなかった。今でも私が死にたくなると、青白い月の花がふわりと私の周りに咲いて、私を助けようとする。
ただ私はその月の花を見て、ヨウジが傍にいるって思う。
「かならずまた会える」
ただ、ときどき私の耳に、リンとなる月の花がそう囁いて聞こえる。ヨウジ・・・会いたいよ。アイシテル。あなた以外いらないから。
神様。お願い・・・。
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