第6話 鯉を持つ人鯉を飼う人
『いや〜、濾過槽の掃除ありがとう!いつも助かるよ』
この初老の男性は、首都圏に住む大友という男だ。会社を経営し、古くから錦鯉の業界におり、飼育技術も日本でも指折りの数少ない本当の愛好家だ。
『大友さんの池はいつ見ても見事ですね!
鯉の健康も素晴らしいので、掃除もいつもより楽しいですよ』
『嬉しいことを言ってくれるねー、あの鯉はね…』
と鯉談義へと進む。
性格の捻くれている俺だが、これは嘘ではない。この男の技術、経験、選ぶ鯉のセンス、全てが良いと認めているのだ。
事実、俺がビジネスをした鯉も、大友の池から出世して、先日の全日本品評会で、
国魚賞のノミネートにまで選ばれた。
たった5万の鯉がここまで出世するとは。
飼育技術と、大友の熱意の賜物だろう。
そして、その大友を支える奥様の存在も大きい。
中学の同級生という穏やかだが、芯の強い奥様だ。この人の優しさや言葉に、何度もおれは救われた。
この2人のような人が多ければ、鯉の業界もきっと楽しいのだろうと思う。
とにかく最近増えているのが、鯉を購入してから、我々業者に預けたままにしている『鯉を持つ人』いわゆる、委託飼育というやつだ。
品評会に出す都合上、KHV(コイヘルペスウイルス)の観点から、愛好家の池から連れて行くにもなかなか難しい時代だからしょうがないのかもしれない。
当然、愛好家の池で育った鯉と、プロの池で育った鯉には大きな差がある。
しかし、この大友の飼育は、俺たちプロも敵わない。
古き良き、本当の意味での愛好家である。
彼のタレ目が、クシャッと笑う穏やかな笑顔を観ると、本当に鯉が好きなんだなと思う。
いつか、この男に大きな賞をとって欲しい。
その鯉は、俺が見つけ、取り扱いたいという思いもある。
『おい、どうしたぼーっとして、お茶が冷めちゃうぞ(笑)』
『せっかくだから、お昼も食べていけば?(笑)』と奥様も続く。
『では遠慮なくご馳走になります。』
俺の憩いの時間なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます