庭師とツルハシ

※作者コメント※

前話の『赤く染まった園』の公開の設定を間違えました。

このため、再公開にともなうお知らせが飛んでいません。

もし見逃したという方は、前話からお願いします。

すみません……

ーーーーーー



「よっ」


 俺が音楽堂に着くと、庭師は変わらずそこにいた。

 彼自身がこの石造りのホールの風景の一部となっている。

 そんな錯覚を俺は覚えた。


 庭師はトピアリーを剪定せんていしているようだ。

 刃物と一体化した指先を動かして、彼はトピアリーを作っている。


 俺がベンチの並んでいるところまで近寄ると、彼はすっと手を止めた。


「つい先日ぶりですね。お早いお帰りで」


「仕事の速さには定評があるんだ」


「速いだけで雑では困ります。正確さはどうでしょう」


「手ぶらで来たように見えるか?」


 庭師は金属の爪を交差させ、しゃらんという音を立てた。

 それに何か警告めいたものを感じ、背筋がこわばる。


「あー……お忙しいようなので、さっさと要件を伝えよう」


「すばらしい。それで?」


 さて、どう説明したものか。

 そのままでいいか。


「アルマを連れてきた。俺の外骨格スーツに宿っている」


「――あなたがすることは、まったく正気とは思えませんね」


 うん、俺もそう思う。

 というか俺も最初はヤメテ! って言ったんですよ、うん。


「それはほら。お前さんと約束するくらいだからな」


「口の減らない人ですね」


「怖がると口数の多くなる性分でね」


「その口を縫い合わせたいところですが、ちょうど糸を切らしてます」


「そいつは残念だ」


 庭師が言うと、どこまでが冗談かわからんな。

 さっさとアルマになんとかしてもらうか。


「アルマ、彼が庭師……カイネだ。わかるか?」


<<はい。大分変質していますが、この形には覚えがあります>>


 この形、ね。

 アルマは人間をどうやって区別するのか疑問だった。

 人の魂の色や形が手がかりになるらしいな。


「ところでアルマ。彼の体……いや、彼の自我か。それに何が起きている?」


<<これは難しい話になりますが――>>


「んー……手短に頼む」


<<では……自我が実在するとは、それが動いて持続するということです。運動が生で、停止が死です>>


 うん、これは直感的にわかる。

 動き続けているのが生者。動かなくなったら死体。


 これは概念、言葉もそうか。

 言葉が使われなくなったら、死語なんて言われるもんな。


<<持続とは時間が流れるということで、それを捉える方法が直感です。この時間を認識し続ける直感を持つもの、それが自我です>>


 えーっと、要は目をつむって、チクタク時間を過ぎ去るのを感じている俺。

 これが俺の自我ってことか。


「っていうことは……アルマがカイネを元通りにする方法ってのは、彼の自我が過ごした時間。それを巻き戻すってことか?」


<<いえ、巻き戻すことはできません。上書きですね>>


「上書き……ジョブか!」


<<はい、そのとおりです!>>


 ジョブは原理的に他人の人格を上乗せすることだ。

 だから本人をそのまま使えばそれでいいわけか。


<<彼にかつての彼、カイネをジョブとすれば、概念が安定化するはずです>>


「それにしても信じがたいですね。本当にアレを持ってくるとは」


「だろ? 俺も予想外だ」

「はぁ……」


 俺は呆れた様子の庭師にたたみかける。

 この毒舌家のペースが狂った今がチャンスだ。


「さて、お前のことを覚えているのは、この世界じゃアルマしかいない。そしてお前を何とかできるのはアルマだけだ」


<<はい!>>


「アルマは昔のお前の記録を持っている。その記録を今のお前に上書きすれば、それで元通りだ。つまり――」


「今の僕は消えてなくなる。そういうことですね」


「わかっていたのか。それにしては冷静だな」


「十分予測できることですから」


「本当に良いんだな?」

「えぇ。」


<<ではツルハシさん、庭師の手に触れてください>>


「え。直接体に触れないとダメなのね」


 俺は庭師が差し出した手を取った。


 コイツの手、女の子みたいに小さいな。

 ガントレットの上からでも、庭師の手の繊細さがわかる。


「ガサツな手ですね」


「そこは『大地からかてを掘り出す働き者の手』と言ってくれ」


「君が詩人とは思わなかった」


「もう一つ聞くか?」


「もちろん」


「カイネ、カイネ、嫌な奴」


「悪くないですね」


<<では、送りはじめます>>


 最初に起きたのは光だった。

 始め金色の粒が生まれ、それが次第に線となって庭師に流れ込む。


 この金色の光がカイネの記憶か。


 庭師の一部が俺の上を通るたびに、俺の頭に何かが浮かぶ。

 うっすらとした取りとめのないイメージ。


 俺達の世界に似ているが、時代は少し古く見える。

 町には人間以外の種族が歩き、生活している。


 これがアルマや庭師のいた世界なのか。


 カイネのイメージには繰り返し、誰かが現れる。

 これが彼の想い人か?


 ……男だけど。


 カイネも男だよな。

 うん、これにはれないようにしよう。


 人には触れてはならん痛みがある。

 そこに触れたらあとはもう、命の奪い合いしか残らんのだ。


 俺なら絶対負ける自信があるからな。

 そっとしておこう。


「……カイネ、俺のことがわかるか?」


「えぇ、もちろんです。ツルハシ、ツルハシ、嫌な奴」


「いい詩だ。芸術のセンスが身についたな」


「おかげさまで」


「カイネ、他に何か変わったところはあるか?」


「何も変わってません。僕は僕ですから」


「そうだったな。悪かった」


「いえ、その――」

「ん?」


「すみません。苦労をかけました」


「いいんだ。軒先を借りるついでだったし」


<<うまくいってよかったです!>>


「ヒヤヒヤしたよ」


 しかし自分をジョブとして装備する、か。

 アルマにはそういう変則的なこともできるんだな。


 ん……まてよ?


 自分自身をジョブとして装備する。

 これってもしかして……。


 昏睡こんすいして仮拠点で眠っているユウキ。

 彼の問題を解決できるのでは?






※作者コメント※

アルマの話はベルクソン哲学『試論』が元ネタです。

難解きわまり、ゲボがでるのですが

時間と自我のアイデアは結構ユニークで、作者の好きな哲学です。

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