赤く染まった園
「あれ……なんか思ってたのと違う」
『これは見事に――何ともなってないですね』
日比谷公園に到着した俺たちは、第一花壇にたどり着いた。
夕焼けの色に染まった花壇は、それよりも深い真紅、血の色に染まり――
ということは全然なく、夕日に赤く染まった園は平和そのものだった。
避難民は第一花壇の回りに荷物置き場を作って、そこで待機している。
これは騎士たちの指図のようだ。
我先へ家に入ったら、狭い公園は大混乱になる。
それを防ぐため、彼らを整理しているのだ。
みると避難民は騎士の案内で、順番に家に入っている。
様子を見ると、家族単位で家の中に入っているようだな。
子どもたちの顔色から察するに、俺とドライアドが合作した家は好評のようだ。
まぁ、単に家があるだけで
『良かったですね』
「……あぁ。ちょっと不安だったけどな」
『ツルハシのお家、結構好評ー?』
「みたいですね」
「家に絡まってるあの花……鎮静作用と疲労回復の効果があるハーブだね」
「あれで案外、ドライアドのやつらは気がきくんだな……」
イタズラ好きなドライアドがマトモな花を植えている、だと……?
人を襲う食人植物を植えたりするかと思ったが――意外だ。
『
「ま、探索者と一緒にしちゃいけないね」
「ちょっとでも力が余れば、武器を振り回す奴らが多すぎなんだよな」
子どもたちの足は膝まで汚れて血が
騎士たちも
彼らは泥の中を歩き、ここまで必死にやって来たのだろう。
お台場から銀座までは決して短い距離ではない。
何日もかかって歩いてたどり着いた先で邪魔者扱いされて……。
きっとたまらないくらい不安だったのだろう。
荷物の上で力尽きるように眠る子どもたち。
その薄汚れた顔に浮かぶ
しかし何か違和感がある。なにか物足りな……あっ。
「……あれ? ツルハシにも人の心があったんだ―とか茶化さないんですか?」
なにか物足りないと思ったら、アレだ。
こういう時はたいてい師匠とバーバラさんの毒舌が飛んでくる。
今回はそれがないのだ。
『時と場合は選ぶよ―』
「人の心を失いたくないからね」
「お、おう……」
なんだろう、この敗北感。
『おい、みんな! バーバラ団長だぞ!』
『本当だ、ラレースさんもいます!』
『げっ、師匠も?!』『逃げようか……?』
俺たちが近づくと、騎士たちがラレースたちの存在に気づいた。
シスターたちは喜びの声を上げて俺らに駆け寄ってくる。
でも最後のほうはちょっとおかしかったような?
『みんなおつかれ―!』
『決して短くない道程だったと思いますが、みな無事ですか?』
『もちろんです!』
ラレースたちは避難民を護衛してきた騎士たちに囲まれてしまった。
いやぁ、人望あるなぁ。
俺は別の意味で囲まれるのに、この違いは……。
くっ、悲しく何かないもん!
<<大丈夫です。ツルハシさんにもジジイさんやイエティさんがいます!>>
(人外なんだよなぁ……)
心の声でアルマがなぐさめてくれる。
だが彼女の優しい声が励ますほど、逆に俺は悲しくなってくる。
そういえば、ドライアドも妙に俺のことを気に入ってたな。
ヒト以外に好かれる。
俺はそういう星の下にあるんだろうか。
「色々つもる話もあるでしょうし、庭師には俺だけで会ってきますよ」
『え、大丈夫ですか?』
「大丈夫も何も、あいつと戦いに来たわけじゃない。庭師に会うだけだからな」
『ですが……カイネさんとアルマさんには因縁があるのでは?』
「そうだけど、庭師はアルマに会いに行くことを了承した。自分を助けられる相手に襲いかかるほど、アイツは向こう見ずじゃない」
『そうおっしゃるのでしたら引き留めはしません。ですが――お気をつけて』
「あぁ。行ってくる」
俺は第一花壇を離れ、音楽堂のほうへ足を向けた。
人々の喧騒に背を向けて、一人で動くのは何時ぶりだろう。
第十層に落とされたときは、ファウストがいたからな。
本当の1人きりで行動するのは、俺としてはかなり久しぶりかも。
いや――完全な一人ではないか。
俺の
「これから庭師に会うけど、何するかわかるか?」
<<まずはご挨拶ですね!>>
うーん惜しい。
アルマはこう……あれだ。
空気を読むのが絶望的に苦手だな。
「俺の聞き方が悪かったな。カイネの概念を再生する、だ」
<<あ、そうでした。 彼に会う目的はそれでしたね!>>
ちょっと先が思いやられるな。
アルマが持っている能力。それ自体は強力で有能だ。
しかし彼女の能力を引き出すのには、ちょっとしたコツがいる。
彼女は異世界とこの世界を含めた無数の「概念」を持っている。
だが「概念」自体は無数にあっても意味がない。
概念はあくまでも言葉でしかない。
それ自体は何の役にもたたないのだ。
概念がこの世界の何を指すのか、世界のほうが重要なのだ。
ありのままの世界を切り取るための道具。
それが概念だからだ。
同じものを違う言葉で言ったり、違うものを同じ言葉で言ってしまう。
そんな事はよくあることだ。
彼女はありのままの世界そのもので強力な存在だ。
しかしその力は、正しい概念で切り出さないと意味をなさない。
アルマに正しく力を使わせるコツはこれだ。
赤ん坊に言葉を教えるようにする必要があるのだ。
――まったく。とんだ大怪獣だ。
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※作者コメント※
ツルハシの冒険も50万字まで続きましたが
もうそろそろ終局になります。
もうしばらくお話は続きますが、ぜひお付き合いの程を。
ツルハシがエンディングを迎えた後は
旧作のリメイクと自力コミカライズという暴挙を予定しています。
ぜひぜひお楽しみを
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