ツルハシのお約束


「こりゃひどい」


 血の海って例えがあるが、俺の目の前に広がっている光景はまさにそれだった。

 凄惨すぎて夢に出てきそう。


 老いも若きも男も女も、等しくトマトスープの具になっている。


「これは配信画面を通して見ないとつらいな」


 俺の目の前に広がるR18Gな光景は、ダンジョン配信の画面ではぬいぐるみが綿を出して転がっている平和な画になっている。こっちの方少しだけマシだ。


 いや、ぬいぐるみでも不穏すぎるわ。

 大虐殺やんけ!!


「なんだ。アンタって意外と神経細いんだね。気にしないと思ってたよ」


「俺、こっちの耐性は一般人レベルなんで」


『前もそうでしたが、ツルハシさんは、流血にはあまり強くないですよね』


『ツルハシのジョブは戦闘系じゃないからねーそれもあるんじゃない?』


 バーバラさんに言われて俺はハッとなった。

 そっか、グロ耐性がジョブにくっついてくる可能性もあるのか。


 だとすると、人間花火をためらいなく実行する師匠は……。

 師匠のジョブの元になった人間は人修羅か何かだったんだろうか。


 うーむ……。

 ※ヴラド公か※雷帝イヴァンとか、そう言うレベルの人だったとか?


ーーーーーー

※ヴラド公:ヴラド・ツェペシュ15世紀にワラキア公国の君主。オスマン帝国に対抗した英雄として知られるが、敵を串刺しにしたりするなど、暴力的で冷酷な性格でも有名だった。彼の父はドラクル(竜公)という異名を持っていたため、彼はドラキュラ(竜の息子)と呼ばれていた。ドラキュラ伯爵のモデルとして有名。


※雷帝イヴァン:16世紀のモスクワ大公国(ロシア・ツァーリ)の皇帝。反対者や民衆を虐殺したり、自身の後継者である息子を癇癪かんしゃくで殺したことが有名。雷帝という異名が知られているが、これは日本語訳者による意訳であり、原語では「グロズヌイ」恐怖を与えるものと呼ばれている。

ーーーーーー


 正味な話、師匠ってかなりヤベーお方なのでは……?


「ツルハシ、アンタ、何か失礼な事考えてないかい?」


「へへへ、そんなまさか……あっしは師匠あってのものでして」


『ツルハシのキャラがブレてないー?』


「叩いたら治るかね?」


「まって、死んじゃう」


『――! ツルハシさん、あれを!』


「え……あっ!」


 ラレースが指さした先には、全身をべっとりと血で濡らし、真っ赤になったセンジュアスラがいた。アイツ、良く生きてたなぁ。


 俺が爆弾を振りかぶると、センジュアスラは「ひっ」と悲鳴を上げた。


「ま、待って……降参する!」


「お前らの被害者もそうしたと思うが、どうなった?」


「…………」


『外道が悪党を説教してるねー』

「説得は相手の立場になってするものさ」

『それってツルハシさんが……いや、なんでもないです』


 こら!!

 人がいい感じにやってる時に混ぜっ返さないの!!


「お前らブッダリオンが何をしたいとか、俺にはどうでもいいんだ。お前らが俺の事をどうでもいいと思ってるのと同じように、な」


「ク、クソォ!!」


 センジュアスラは落ちていた血みどろの機関銃に手を伸ばし、こちらに向ける。

 しかし、引き金を引くのは、奴よりバーバラさんの方が早かった。


<――タァンッ!>


 乾いた音がホールに反響し、血の池を叩く音が続いた。


 黒と赤の空間を、清らかな鈴の音が通りすぎる。

 いつもなら爽やかに感じるそれが、何か違う印象を俺に与えた。


「ありがとうございます、バーバラさん」


『うん。お救い料はツケとくよ』


「地獄門に押しかけた連中は、これで最後かね」


『……そのようですね。もう動くものはありません』


「しっかしまぁ、今回はひどい戦いだったな」


『うん? メッチャ楽勝だったけど―?』


「いや、そっちじゃなくて、んっと……戦う理由かな」


『それは確かに言えるかも知れません。これまでの戦いと比べると、その……』


「うん。戦う理由が不毛すぎる。まるっきり向こうの勘違いと思い込みから始まって、挙句の果てには俺を地獄門のカギ扱いだよ」


「ご愁傷さまだね」


 激しい戦いだったが、振り返ってみると本当に無意味だった。

 正直な話、しなくてもいい戦いだったのではないか?

 そんな気すらしてくる。


 ……いや、無いな。

 連中、俺を地獄門をこじあけるカギにしか見てなかった。

 あれじゃ戦うしか無いわ。


『どうしてこうなったんでしょう……私たちが真実を隠したから、彼らは死ぬことになったんでしょうか』


「自分にとって都合の良い事しか見なかった罰としては、ちょっと重いよな」


『はい。ただの勘違いで終わればよかったのですが――』


「血の池地獄になっちまったからなぁ……」


 あらためて見ると、まったく地獄めいた光景だ。


 元々ギャングだったブッダリオンはともかく、不良議員の言葉に乗ってしまった探索者たちは、頭が軽い以外に、とくに悪い部分はない。


 もし奴らが間違いを犯したのだとしたら、それはきっと――


「俺が庭師とかジジイとか、相手の話を聞こうとするのは……なんていうのかな。相手の話をちゃんと聞くっていうのは『約束』なんだよ」


『約束……ですか?』


「あぁ。こっちが相手の話を聞くから、俺の話を相手にも聞いてもらう。お互いの関係をつくるのって、そう言う『約束』が最初にあると思うんだ。けど――」


「連中はその約束を守っていたようには見えないね。むしろ、その存在すら知らなかったんじゃないかね」


「ですね。そう言う連中の話を効いていたらキリがない。連中は金を払うつもりがない客みたいなもんですから」


くしてなった。そういうことになるんでしょうね。何とも救いようのない話です』


「……ともかく、ここを片付けますか。今回はそのままにしておいたのが役に立ったけど、いつまでもこのままって訳にもいきませんから』


 俺は表示枠から氷を出し、溶岩地帯の排除に取り掛かった。

 できるだけ急ごう。

 ジジイをさっさと家に帰さないと、ネチネチ嫌味を言われそうだからな。


『頼むよツルハシ。アタシは連中みたいに盾で溶岩の上を渡る気はないからね』


「アレって一種の特殊技術ですよね。学びたいとは1ミリも思いませんけど」


『あの発想、どこから来たんだろうねー?』


「バカの独創性はあなどりがたいもんさ。現にこの戦いがそうだろ?」


「言えてますね」





※作者コメント※

ようやくブッダリオンが壊滅した……

あいつら、出てくるだけで色々危なくなるから

作者も胸をなでおろしたとかなんとか

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