どっちが悪党?
「ジジイのやつ、何か変な踊りしてると思ったら、ブッダリオンのやった落書きはこっちにあんのかよ!!」
『落書きですか? あっなるほど』
「確か連中は床に墨字を書いてスキルを発動させてたね」
『それがこっちにあるってことー?』
俺たちが落書きを探すために周囲を見回すと、坊主たちが慌てて騒ぎ出した。
「不味い……
覚者? ああ、センジュアスラのことか。
ブッダみたいな悟った人の事をそう言うんだったな。
いや、悟りからクッソ遠いだろアレ。謎キノコ食ってラリってるのを悟りとか言ってたら、ブッダにドロップキックされるぞ。
しかし連中、なかなかアホだな。
坊主たちの視線は、明らかに俺たち以外の「何か」に向いている。
大事なモノを気にしすぎだな。
(ふむ、向かって右側を見ているやつが多いな。落書きはそっちにあるのか)
坊主たちの視線から察するに、落書きは俺たちの右側にあるらしい。
それはジジイの矢印とも一致しているから、間違いなさそうだな。
「みんな、落書きはあっちにあるみたいだ!」
俺は坊主たちが視線を向けている方向を指さして皆に伝えた。すると「あぁー」とか「おぉー」とか、坊主たちから声が上がった。お前ら隠す気あんのか!!
「ブッダリオンの連中、視線の管理とか、それ以前の問題だね」
『なんていうか、反応がド素人っぽいよねー」
「見てる分には面白いんだけどね」
『逆に言うと、彼らはスキルの無効化だけで勝ち進んできた……どれだけ私たちが戦いをスキルに依存しているのか、それがわかりますね』
「ラレースの言う通りだな。とりあえず、落書きをどうやって消そうか?」
落書きの位置は大体わかった。だが、次はどうやって消すかの問題がある。
ここにスケルトンのメイドさんはいない。
今回は自分たちで落書きを消さないといけないのだ。
『ここには水も何もありませんからね……』
「氷ブロックが置けたとしても、溶けるまで待てないからなぁ」
『爆弾でやってみるー?』
「うーん……爆弾が爆発した後のコゲ跡って、意外と狭いんですよね」
「それなら、もっと確実で良い方法があるよ」
「ホントですか師匠?」
師匠の言う「良い方法」かぁ……さっきの砲丸投げをみてるからなぁ。
なんかイヤな予感しかしないぞ!
「あぁ、こうするのさ」
師匠はそう言うとラレースの盾から出て、剣を抜いて敵の中に突撃していった。
(――あ、これは嫌な予感が当たりそう)
躍り出た師匠は、武器を振り上げていた重騎士風の探索者とすれちがう。俺にはただ師匠が通り過ぎたように見えたが、騎士の足元にボタタッと鮮血が散る。
彼女の剣は騎士の胴を払い抜け、鉄の上から腹を切り裂いていたのだ。
(まさか師匠、人間の血で?)
それは串刺し公とかドラキュラだけがやっていいやつ! 不味いっすよ!!
だが次の瞬間、俺は自分の考えがまだまだ甘ちゃんだったのを思い知る。
師匠は、
俺はこれをすっかり失念していたのだ。
膝をついた探索者の足を払うと、師匠はそいつの
「甲冑を着た人間を素手でぶん投げたぁ?!」
『師匠だからねー』
『師匠ですから……』
クッ、忘れてた……師匠は平然とこういうことする人だった!
フライングダッチマンに人間砲弾する師匠がマトモであるはずがない。
近ごろ師匠の人間アピールが激しかったから、そのことをすっかり忘れてた。
やっぱり師匠は師匠だった。
放り投げられた探索者は、空中で汚い花火になった。
床はそいつの中身で真っ赤に染まり、暗い影の中が紅く輝いたのが見えた。
師匠の手で画材にされたそいつは、ごろごろと床を転がる。俺はふと、その転がり方に床を押そうとしたみたいな、別の力が働いたような違和感があった。
もしかしたら、
――っと、浸っている場合じゃない!
「ラレース、スキルの確認!!」
『はい!!』
ラレースが防御スキルの「ランパート」を起動すると、俺達の目の前に金色の光の盾が展開した。どうやら師匠の策は上手くいったようだな。
この策のために床のシミになった探索者の冥福を祈ろう。
「師匠、スキルが使えます! うまくいきましたよ!」
「そうかい、なら……あとは根切りにするまでだね」
「ヒィ! こっち向いた!」「人間を床に塗りたくるなんて……」
「おいおい、あいつ絶対やばいって!」
俺はギャング達の反応に同意せざるを得ない。
どんな悪党でも、まさか人間を絵の具にするとは思うわんよな。
……正直な話、近ごろは俺たちのほうが悪側なのでは?
モンスターと友達で、ダンジョンと友達で、ついでに探索者をぶち転がした。
うーん、ここから入れる信用保険とか、世界のどこを探しても無さそう。
「さて、せっかくスキルが使えるようになったんだ。見物していきな」
『お、これはいつものヤツが来るね―』
『ですね。ツルハシさん、私の後ろに』
「アッハイ」
「本当の
アレだけ暴れておいて、まだ先があるんだ……。
「
「あれは……不味い!」
「覚者、何を?!」
師匠は片足立ちになり、剣を持っていない左手を前に突き出して、振りかぶった剣を家の屋根のような角度で構えた。
次の瞬間、師匠がさっきとは反対を向き、背中を見せていた。
彼女が瞬きよりも早く剣を振り抜いたのだとわかった瞬間、刃が空気を切る金属的な音が遅れて響いた。すると、俺の目の前の空間が断裂した。
いや、空間はそのままだ。
正しくは、目の前に合った有象無象が総て「割断」された。
全てが断ち割られたせいで「空間が切れた」と俺は錯覚してしまったのだ。
数拍の後、雨音にも似た、湿った肉が床に落ちる音がダンジョンの中に反響した。
(……本当に師匠が敵でなくてよかった。)
※作者コメ※
もうどっちが悪人かわからんぞ!!
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