千の手でも足らず


 センジュアスラは周囲が熱狂する中、必死に頭を回していた。

 彼の頭にあるのは、はるか上の階層で別れた、ユウキのことだ。


(あのユウキとかいう小僧、ツルハシ男に用事があるとかいっていた。小僧が帰らずに、ツルハシ男がここに現れたということは……やつは負けたのか?)


 ユウキという少年は、センジュアスラにとってどこか不気味で得体が知れなかったが、その実力は本物だと思っていた。


 しかし、ツルハシ男はその怪物すら倒してしまった。

 それを思うと、センジュアスラの背筋がぞっと寒くなる。


 ツルハシ男は一体何者なのか、本当にダンジョンの化身なのではないのか?

 そんな考えすら、センジュアスラの頭に思い浮かぶ。


 もしツルハシ男がダンジョンに近しい存在なら、自分たちに勝ち目はない。


 ダンジョンというのは絶対的な理不尽の象徴だ。

 その理不尽を使いこなす相手に、自分たちの勝ち目などあるはずもない。


 しかし、彼の周りにいる議員と、連中が連れてきた探索者は、ツルハシ男に対して威勢よく吠えると剣を向け始めた。


(こうなってしまえば、戦うより他はないか。いや、ダンジョンに入った時点で、もう戦う事は決まっていたな)


 ここは彼の領域なのだ。

 彼の意にそぐわない事をすれば、罰せられるのは当然だ。


(バカな事とはわかっている。しかし、他に方法はなかったのか?)


 人々を幸せに導こう。

 そうでなくても、少しでも苦しみの少ない日々を過ごさせよう。

 センジュアスラはそう思い、人々の先に立つことを目指していた。


 なのに、なぜだろうか。

 彼はいつの間にか、逆にまわりの人間に流されるままになっていた。


(俺は人々を導こうとした。でも……後ろを振り返りすぎたのかも知れない)


 彼がすることの正しさは、結局、自分に近い人間の感想に依存していた。

 知らずしらずのうち、彼はまわりが聞きたいことを言う人形になっていたのだ。


 そして、それは今も変わらない。


「者ども、ツルハシ男を捕まえるんだ!! やつが『鍵』になっている!」


 センジュアスラが奮い立つと、仲間たちもそれに応えた。


「応!! ありったけをくれてやりますぜ!」

「へへ……こんな事だろうと思ってたんだ。仏道グレネードと説破マシンガンは、まだたんまり残しておきましたぜ!!」

「でかした!」「さすが!!」


 彼の配下の武僧たちはダンジョンの床に「什麼生そもさん」と書かれた弾薬箱を置くと、ジャラジャラと音を立てる金色のベルトを取り出して機関銃の腹に詰め込む。


 また、別の武僧はこぶし大の大きさの手榴弾を、入れられるだけ、ポケットの中に突っ込み始めた。


 戦いの準備を進める彼らの目は、ぎらぎらと輝いている。これは決して、バトルドラッグのせいだけではないだろう。


 彼らは命の使い所をようやく見つけたのだ。


(まったく……本当に気のいい奴らだ。こいつらとなら、一緒に墓に入っても構わんとすら思える。やってやろうじゃないか!)


 センジュアスラ、彼は望んで自分の人形となった。


 彼が本当にすべきことは何だったのか。


 彼はアシュラとして、もっとも助けたいと願う人間に対して、剣を振るうべきだったのかも知れない。そう、自分に対して――


 千の手があろうとも、足りるはずがなかったのだ。


★★★



「何かしらんけど、後ろの方もスゲー盛り上がってますね」


『ツルハシさん、そんな他人事みたいに……』


『お、第一陣が来るよ―!』


「すげぇ、何だかんだで突破してる。やるなぁ……」


 盾を箱の形のように並べる亀甲隊形をとった探索者たちは、溶岩地帯のフチに並んだ毒矢トラップと回転床を突破していた。


「回転床って、ああやって抜けられるんすね……」


『どう考えても正攻法じゃないけど、よくやるねー』


 探索者は、まず一人を回転床に乗せる。すると当然、そいつはくるっと回る。


 うん、これはいい。

 正常に回転床の効果が発揮されている。


 そして次に、もうひとりの探索者がそいつに肩車して乗り越える。


 回転床の効果は、床を踏んだ人間にしか効果がない。


 だから床の上に乗った人に、その場に残ってもらって、そいつを足場にすれば、回転床地帯を乗り越えられるというわけだ。


 なにそれズルイ!!

 モンスターはこんな事しなかったぞ!!!


「さすが探索者だね。よくもまぁ、悪知恵が働くもんだ」


「クッ、しかし、回転床の先にはまだ溶岩の沼があるぞ……!」


『ですが、向こう岸に居るということは、彼らは一度突破しているんですよね……どうやって溶岩地帯を越えたんでしょう』


「俺がやる場合は、氷ブロックをぶちまけて黒曜石を置いていく方法だけど、連中にそんな事はできないし、形跡もないからな……」


「――なるほど、あんな風にやったらしいよ?」

「えぇ……」


 探索者たちは、手に持った盾を溶岩の上に浮かべ始める。最初こそ木の葉のように漂っていた盾だが、複数が重なると、うねりながら床のようになる。


 そして良い頃合いと見たのか、一人の探索者が盾の上に立つ。盾で作った床は、ちょっと沈み込んだが、問題なく人が乗れるようだった。


「よし! 架橋完了!」

「イエッサー!! GOGOGOGO!!」


 掛け声とともに、探索者が盾を入れ替えながら進んでくる。

 まるで人力のキャタピラだな。


「まさかあの盾、炎や熱を無効化できるのか?」


「どうやらそうみたいだね。アタシらの使ってるブーツは燃える床くらいなら平気だけど、溶岩を歩くことはできない。そもそも沈んじまうからね」


「なるほど、だからってなぁ……」


「フハハハハ! そこで首を洗って待っているが良い!!」

「もうすぐ着くぞー!!」


 連中は確かに溶岩の上を進んでこちらに来ている。

 しかし――


 遅い。

 遅すぎる。


 盾を使った方法で溶岩の上を渡ろうとすると、前に進もうとするたびに、一番後ろの盾を前に持っていく必要がある。そしてこの盾の入れ替えをするたびに、盾の上をそろりそろりと、ゆっくりと歩かないといけない。


 だから全体の移動速度がクッソ遅いのだ。


「ゆーちょーにやっとる場合か!! これは戦いじゃぁ!!!」


 俺はジジイ印の爆弾に火をつけると、盾の橋のド真ん中に投げ込んだ。



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