正義(笑)と借りパクと



「これでよし、と……正義のための戦いを始めよう」


『あんな雑な……失礼。やや強引でしたが、あれで大丈夫なんでしょうか?』


『それなー』


「視聴者さん、すみません。作戦会議のためにいったん配信を暗転させます。」


 俺は視聴者にそう伝えて、配信をとめた。


 しかし、この作戦ウンヌンは、ただの方便だ。

 ラレースに俺の真意を伝えておかないと、そう思ったから止めたのだ。


「こういうのは建前を言い切るのが大事なんですよ。正義って書かれた棍棒で殴りかかられる前に、こちらから釘を差しておかないと」


「ま、そうだね。連中だって似たようなことをしてるからね」


「はい。ぶっちゃけこれ、向こうの戦法をそのまま返しただけですから」


「ま、ツルハシも本気で正義なんて思ってなさそうだし、そこは平気かね」


 どうやら師匠は俺の真意が分かっているようだった。

 師匠はこういう事に関しては鋭いな……。


 本当の正義なんかではない。

 悪い事とわかっていて、それをするために正義をかたる。


 きっと、師匠も身に覚えがあるのかもしれない。


『誰しも自分のことを正義だと思ってるーみたいな?』


『議員たちにも、彼らにも彼らなりの事情があるとは思いますが……』


「まぁ、第十層まで来るくらいです。ギャングや不良議員の連中にだって、何かしら都合があることは、俺だって承知の上ですよ。でも……」


 継ぐべき言葉を考えている俺に、ラレースが聞き返す。


『でも?』


「連中が譲れない目的を持って進もうとしていても、こっちだって同じものを持って生きてるんだ。それを理解してようと、していまいと……人を押しのけて椅子に座ろうようとするんなら、別の誰かに押しのけられる覚悟が必要だろ?」


『……ツルハシさん、それは修羅道ですよ』


「あぁ、分かってる。でも、今はこれしか方法が見つからないんだ」


『ですが、私はツルハシさんにその道を歩んでほしくはありません』


「ラレース、それはちっと傲慢がすぎるかな? 今ツルハシが言ったことをそのままアンタはやろうとしている。それは分かってるね?」


『……はい』


「まぁそんな深刻に考えなさんな。アタシらが生まれる前から、世界はずっとそうしてきた。今さら変えられるもんでもない」


 ……いつだったか、同じようなことを考えたっけ。


 あれは――そうだ、ラレースが「時間切れ」といって、お台場に帰ろうとした時だったな。


 ラレースと俺の、お互いの心の境界線。

 それなりに長いこと一緒にいたが、それでも俺たちを隔てる線は消えてない。


 言葉をぶつけ、交わしたことで波打った境界線はお互いの領域を浸り、自分と同じような考えをしている。そう思い込んでしまう。


 でも線は越えられない。

 彼女がこっちに来たら、俺は押し返さないといけなくなる。

 もしそうなったら――


『……納得はしません。なので、悩みながら戦うとします』


 そう言ってラレースは盾と戦鎚を構えた。


 特に構える武器がない俺は、言葉で言うしか無い。

 面映ゆいが、がんばって彼女に言葉で伝える。


「うん、俺もそんな感じだ……ごめん」


『……私こそ、すみませんでした』


 俺たちは境界線の向こうから、お互いを見るしかない。

 手を取り合えれば、それが一番いいのだけど。



★★★



「ファファ、連中もやりおる……いや、やりすぎとちがうかのう……」


 リッチはファイアストームを使った後は、雷、土、毒といった各種属性の魔法を駆使して探索者たちを追い返していた。


 しかし、彼が自慢とする魔法も、今は使えなかった。


 スキルを使おうとしても、炎が形になる前に霧散してしまうのだ。

 リッチはこの現象に心当たりがあった。


「これはスキルの無効化……ということは、ブッダリオンかの?」


 リッチは真っ暗な眼窩を探索者たちに向けた。

 彼の落ち窪んだ目には、あるべきはずの眼球がない。


 しかし不死者の王は、探索者達の生命反応を通して彼らが見える。

 そしてリッチは、いくつかそれらしき者を目ざとく見つけた。


(ふむ……探索者の中にツルッパゲどもがいくらかおるな。) 


 リッチは自分の頭を棚にあげ、そう言い放った。


 実際ブッダリオンは、幹部クラスのメンバーに、スキルを無効化させるスキル、「本来無一物ほんらいむいちもつ」を習得させていた。


 これを使えばもちろん、探索者たちもスキルを使えなくなる。

 しかし、リッチとまともに戦っても勝ち目がないのだ。


 スキル抜きの、力と力の戦いなら勝ち目はある。彼らはそう見たのだろう。

 そして、それは実際に正しい。


「これは厄介じゃのう……素通りされてしまうわい」


「イェーイ!!!」

「イェェェェェェェィッ!!!」


 リッチと探索者は、お互いに相手を殺し尽くすことで勝利できる。


 そう、殺し尽くすことが直接勝利につながるわけではないのだ。


 探索者の目的は、地獄門に到達すること。

 そして、リッチの目的は、探索者を地獄門に到達させないことにある。


 リッチの目的を達成する手段として「皆殺し」があるだけだ。


 ブッダリオンにスキルを封じられてしまったリッチは、探索者を薙ぎ払うことができない。つまり今は、探索者たちが圧倒的に有利なのだ。


 スキルを封じられてしまえば、リッチは拳か杖で殴ることしかできない。

 地獄門に殺到する探索者を押し留めようとしても、やれて数人だ。


「しまったのう……もっと色々持ってくるべきじゃったな」


(ワシのアトリエには、スキルに依存しない毒ガス弾や爆弾もあったのにのう……念のため持ってくるべきじゃった)


 観念したように、杖を握りしめるリッチ。


 わっと押し寄る探索者たちは、勝利を確信しているのだろう。

 並び立つ顔に、いやらしい笑みを浮かべていた。


(もはやこれまでか――)


<ズゥゥン!!!>


 探索者達の背中に閃光がはしり、次いで爆炎が立ち上る。


 千切れた手足、赤い肉片混じりの飛沫が自分たちの行く手に降り注ぎ、動揺した探索者たちの足が止まった。


「な、何が起きた!?」

「スキルは使えないはずだろ?!」

「いや、あれは……ッ!」


 探索者達の無数の視線が向かう先――

 そこには、火の付いた爆弾を投げつけるツルハシ男の姿があった。


「ツルハシ男……なんでここに、っていうか、ワシのアトリエからちゃっかり道具をパクっとるんじゃないわ!!!」


 怒りの声を上げるリッチ。

 しかしその声は明らかに喜色に満ちていた。







※作者コメント※

ヒロイン(?)のピンチに颯爽さっそうと現れる主人公。

もうジジイがヒロインでいいか!!(諦

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