人とモンスターとツルハシと


 俺たちは「シュート」の罠を使い、一気に第十層に移動する。


 このトラップは、引っかかった探索者を強敵のもとへご案内して、そこで失意と絶望のうちに抹殺するのを本来の目的としている。しかし今は、単なる移動手段にされていた。


 圧倒的実力者(俺を除く)にとって、このトラップは第十層までの便利なショートカットでしか無いのだ。


(よし、今度こそ――)


<スタ、スタタ……ッ!>

<――ビタンッ!!>


「グハァッ!」


 ……やっぱりダメだった。


 俺は地面に体を投げ出され、冷たい石の床とキスをした。マスクのバイザーで顔を守られていなかったら、確実に鼻の骨が折れていただろう。


『うわぁ、今の痛そー』

「なんだか五体投地みたいになってるね」

『ツルハシさん、大丈夫ですか?』

「え、えぇ……スーツを新調したお陰で、衝撃はだいぶマシになってます」


 俺は前回と同じく着地に失敗して、床の上で悶絶した。


 が、着地に失敗したのは俺だけだった。

 ラレースを始めとした、他のメンバーは完璧に着地していた。


 何で他のみんなは平気なの?

 猫なの? それとも足の裏にマーガリン塗ってるの?


「ほれ、手を出しな」

「あっどうも」


 俺は一番近くにいた師匠に助け起こされた。


 第十層の床に降り立った俺達は、周囲を警戒するが、特に異常は無い。

 探索者たちは地獄門に行ったのだろうか?


「うーん……誰もいませんね」


『ということは、探索者たちは全員、地獄門に向かったのでしょうか?』


「じゃないかね?」


「ベースキャンプも作らずに、地獄門へまっしぐらか。」


『よっぽど急いでたのかなー?』


「あるいは尻を蹴られ、追い立てられていたか、ですかね」


「しっかしこのシュートの罠ってのは便利だね。けっこうな高さを落ちた気がするんだけど、落下死しないのは何でかね?」


「……確かに。」


 俺と師匠がそんな事を話していると、バーバラさんが、手でハサミのジェスチャーをした。これは「配信を切れ」という意味だ。


 バーバラさんが配信では言えないようなことを、何か思いついたようだ。

 俺は大国主オオクニヌシに指図して、一度カメラを仕舞ってもらう。


「どうしました、バーバラさん?」


『サンキューツルハシ。えっとね……気になるのがー、今使った『シュート』っていうトラップは、第十層に直通するトラップなのかな? それとも、3階下に落ちるトラップなのかな?』


「なるほど、バーバラもなかなか、ツルハシに染まってきたじゃないか」


『え、それはイヤ』

「即答?!」


 バーバラと俺のやり取りをよそに、ラレースが考察する。

 

『もし「シュート」がテレポーターのように機能するのであれば、一階の仮拠点に設置することで、即座にアルマさんのもとに行けますね』


『そゆこと! もしそうでなかったら、戻したほうがいいけどねー』


「それができるなら嬉しいけど、十階層落ちるのはちょっと……」


『アルマさんから頂いた絨毯じゅうたんを使ってはどうでしょう?』


「あ、アレのことすっかり忘れてた」


 ラレースに言われて思い出し、俺はポンと手を叩いた。

 ってか、それ使ってたら俺が五体投地する必要もなかったじゃん!!


『絨毯って?』


「アラジンと魔法のランプに出てくる、空飛ぶ魔法の絨毯ってあるじゃないですか。アレをアルマからもらってるんですよ」


「またバレたら厄介そうな――いやバレたんだっけね」


『ツルハシが勇者と色々しゃべるから、全部バレちゃったもんねー』


「それについては何もいえねぇ……でも、何で一気にギャングだけでなく、探索者たちまでダンジョンに押し寄せてきたんだろ?」


『確かに動きが早すぎるんですよね……議会やギャングは、以前から第十層への侵攻を計画していたのではないでしょうか?』


「議会に関してはあり得そうだね。あの様子からして、ツルハシやカトリの旦那の言うことに納得したやつの方が少ないだろうさ」


「クソッ! 議員なんだから議員の仕事しろ!」


『ツルハシだって人のこと言えないじゃんー?』


「俺はいいんです―! もう採掘師じゃなくてランドメイカーだもん!」


『ランドメイカーっていうか、トラブルメイカーだよねー』


「グッ!」


「はいはい、今は先を急ごうじゃないか。連中がここに押し寄せてきたってことは、地獄門を開くための目星がついてるってことだからね」


「あっ」


「アンタ、気づいてなかったんだね……」



 配信を再開して、俺たちは地獄門の前まで進む。

 迷いなく進めるのは、ファウストと歩いた時の記録が残っていたおかげだ。


 アイツは基本的にロクなことをしなかったが、ファウストとしたことは、戦いも含めて、俺の血肉になっている。


 それに「ありがとう」と、言う気はない。

 だが、複雑な気分だ。


「――ッ!」


 剣撃の音や爆発音がダンジョンの壁や床を通して聞こえてくる。

 まだまだ、派手にやっているようだ。


「このまま行けば、地獄門を襲撃している連中の背後を取る形になるな」


「そうだね。うまく行けば奇襲をかけられるよ。ただ――」


『ツルハシさんや私たちが、モンスターに加勢することになります』


 ラレースは小声で俺にそう忠告する。

 しかし、それについては、俺にはすでに計画があった。


「――ではこうしよう」


『ツルハシさん、何を?』


「視聴者にそれっぽく・・・・・説明するのさ。まぁ見てなって」


「えー『ツルハシ一本でダンジョン開拓します』をいつも視聴いただきありがとうございます。今回、俺たちは第十層でモンスターの側に立って戦います」


「何でそんな事を、視聴者の皆さんはそう思うでしょう。そもそも、モンスターと意思疎通が出来るのか? ――できるんです」


「イエティやリッチのような賢いモンスターは、利害が一致すれば協力し合うことが出来ます。そしてその利害とは、ダンジョンにおける生活の維持です」


「俺はダンジョンで開拓を進めるうちに気づきました。ダンジョンは彼らモンスターの家なのだと。家に対する気持ちは、俺たちと変わりないのだと!」


『その変わりない気持ちで、ジジイの家をぶち壊してなかったっけー?』

『まぁまぁ、ツルハシさんのことですから……』


「彼らは自分たちの家、ダンジョンを守ろうとしているだけです。しかし、地獄門を攻めに来たギャングと不良議員はどうでしょう?」


「彼らは自分たちの欲望のために、人々から奪うことを目的に生きています」


「地獄門の先にある存在と対話して欲望を叶えれば、その歪みはダンジョンに現れます。モンスターたちはそれを知って、ダンジョンを守ろうとしているのです」


「そもそも私たちはダンジョンの存在なくして、地上で生きられない。いまの私達の生活は、ダンジョンに依存している。このままにして良いのでしょうか?」


「いま地獄門に押し寄せているギャングと不良議員は、身勝手な欲望を叶えるために来ています。これに比べて、ダンジョンで真面目に生きるモンスターはどうでしょう? はたしてどちらが本当の怪物なのか!!」


「そう、いまこそ戦うべきなのです!! 人魔共通の敵と、悪なる者と!」


 ここで大国主は、拍手喝采の効果音をバックに流してくれた。

 うむ、完璧だ。歴史に残る名演説だった。


 これでモンスターの側に立ってギャングをブチのめしたとしても、俺たちのことを責めるやつらはいないだろう。


 なんていったって、奴らはモンスター以下の存在なのだから!



「『……これはひどい。』」





※作者コメント※

本当にヒドイ(

ツルハシってレスバ強そうやな…

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