円環の理
「……来るッ!」
<ヴィィィィィン!!!>
<ドッコン! ガッコン! バッコン!>
ビートを刻みながら迫りくる黒の死――
襲い来る丸ノコと戦斧の姿は、漆黒の悪魔と言うのが相応しい。
『来るよツルハシー!!』
「ここは……以前と同じ方法を試してみるか」
『ツルハシさん、何を?』
「何って――捕まえるのさ!」
丸ノコは、物にぶつかると反射する特性がある。これを利用すれば、正対して並んだブロックの中に丸ノコを閉じ込める事ができるのだ。
一度閉じ込めてしまえば、あとは簡単だ。
ブロック同士の距離を縮めることで、安全に回収できる。
<ボンッ!……ポンッ!>
「そして、これだ!」
<ポンッ!>
疾走する丸ノコに対して、俺は斜めにダンジョンの壁を置いた。
これで丸ノコを反射すれば、先に並べたブロックの間に捕らわれるはずだ。
「さぁ……来い!」
『思ったよりも……あっさりしているというか、原始的ですね』
『ほんとに上手くいくのかなー?』
「不安しか無いね」
「シャラップ! 一度成功してるからしますぅ~っ!」
「仕掛け」の前で俺は丸ノコを待ち構える。
(来い、来い……来る、今だ!)
俺は爆走してくる丸ノコがブロックに反射して、そのままブロックの間に吸い込まれると思い込んでいた。
だが――何故この時、この瞬間まで俺は気づかなかったのだろう。
あの時とは「違う」ということに。
<ガインッ!!>
目の前でダンジョンの壁に激突した丸ノコは踵を返す。
しかし「そうでない物」もいる。
「――しま……ッ!」
『ツルハシさん!!』
<ブォンッ!!!>
慣性の法則で進み続けた戦斧が、扇状に旋回して空中を薙ぎ払う。
ぐんぐん大きくなって迫ってくる黒い塊。それが俺の体を捉える瞬間、俺の視界の右半分に白が躍り込み、黒い死を弾き飛ばした。
<ギィンッ!!!>
金属同士が激突し、耳ざわりな高音が模倣された街に響く。
「ラレース!」
『ふう、危ないところでした』
戦鎚を突き出したままの姿勢で、俺をかばうように彼女は横に立つ。
マン・スプリッターの一撃は盾や防具では防げない。だから彼女は、襲いかかってきた戦斧を戦鎚で弾いたようだ。
危うく首をもぎ取られる所だったところを救われたが、タイミングがズレれば、普通に彼女も危ない。
やべぇ、またやらかしを救ってもらった。胃、胃が……。
「す、すみません、助かりました!」
『いえ、ご無事で何よりです』
『丸ノコを見て、ツルハシ!』
「ん……? あっ!?」
バーバラさんの声で丸ノコに視線を戻した俺は歯噛みした。斧を弾かれた丸ノコが、その反動で
「そうか、引きずっている斧の反動があるんだ。ブロックにぶつけて反射させたとしても、素直に跳ね返ってくれないのか……」
『そういうことだねー』
「ってことは、まずはあの斧を何とかしないといけないね」
『シスターバーバラ、できますか?』
『うん、次来たらやってみるー』
「まさか、爆走する丸ノコの鎖を狙い撃つ気ですか?」
『そのまさかだよー。そこまで器用な狙撃は出来ないから、ちょっとインチキするけどねー』
「あ、バーバラさんはガーゴイルにやった、弾幕射撃のスキルがありましたね」
『うん、アレでやってみるよー』
バーバラさんは長銃を折ってリンと音を鳴らすと、薬室に弾丸を込める。
彼女の長銃が聞かせる鈴の音が、俺にはいつもより頼もしく聞こえた。
俺が丸ノコにマンスプリッターを結びつけるのに使ったのは、ファウストから奪い取った骨の鎖だ。
あの鎖は人知を超える頑丈さを持っている。だが、アレだけ爆走して地面を引きずられていれば、絶対どこかにガタが来ているはずだ。
きっと彼女のスキルだけでも破壊できると思うが、もうひと押しといこう。
「バーバラさん、丸ノコは次にどっちから来そうです?」
『ちょい待ちー……多分あっちの道かなぁ?』
「ありがとうございます」
丸ノコの進撃路に対して、俺はダンジョンの壁をアーチ状に置いていく。
<ポンッ! ポンッ!>
『何してるのそれー?』
「ほら、爆発って狭いところの方が効果がでるっていうじゃん。爆発は手のひらの上で起きるより、握りこぶしの中で起きたほうが致命的でしょ?」
俺が建築の意図を語ると、師匠からアドバイスが飛んできた。
「なるほどね。それなら単純に平たくするんじゃなくて、外に向けてハの字にすると良いよ。そうした方が爆発の圧力が集中するからね」
「なるほど、さすが師匠!」
俺は師匠のアドバイスに従ってアーチを少し修正する。ブロックをそのまま使うとガタガタになってしまうので、ここは建築スキルも使っていく。
ダンジョンの反対側まで走っていった丸ノコはどうせしばらく帰ってこない。
丁寧に出迎えてやろう。
・
・
・
「よし、出来たぞ!」
「なんていうか、ツルハシの造形技術ってあれだね……」
『虚無と絶望に襲われた幼稚園の遊具って感じ』
「うるちゃい!! これが俺の全身全霊なの!!」
まぁ二人が言うように、俺が作ったアーチが不格好なのは否定できない。
それでも野生化した丸ノコを正気に返すために使う分には問題ないはずだ。
……たぶん。
『ツルハシさんの作るものって、その……個性的ですよね』
「グフッ!?」
『あぁ、しっかりしてください!』
ラレースの言葉がトドメになって倒れていると、バーバラさんが叫んだ。
『――来たよ!』
見ると、ちょうど漆黒の悪魔が街にやってきた所だった。
地面を斬りつけて進む丸ノコは、俺の作った芸術的なアーチに吸い込まれるようにまっすぐ向かってくる。バーバラさんのルートの見立ては確かだったようだ。
「さすがバーバラさん、まっすぐ入ってきますよ!」
「よし、今だよ!」
『りょーかい!
<ズドンッ!!!!>
バーバラさんがスキルを放ち、ディナーベルから
それはアーチに潜り込むと同時に、音と衝撃で街の全てを揺らした。
<ドン!ドドン!ドドドン!!!>
「おぉ!!」
彼女が打ち出した弾丸は、アーチの内部で間断ない爆発を発した。
鉄の雨は上下左右の区別なく暴れまくり、四方八方から丸ノコを襲う。
そして、骨の鎖はついに戦斧を手放した。
たった独りぼっちになった丸ノコは、力尽きた兄弟の仇を取ろうとするかのように、まったくその勢いを失わずこちらに向かってくる。
(――そこだ!)
<ポンッ!>
俺は斜めにしたダンジョンの壁を丸鋸の前に置いた。煤けた丸ノコはそれに反射して、俺が並び置いたダンジョンの壁の間に囚われた。
「ふぅ……手強い相手だったぜ」
マジで手強い相手だった。
今後、丸ノコを広いスペースで放すのはやめよう。
『ぶっちゃけさー、ブッダリオンよりずっと手こずってない?』
「それな」
「ただ走り回るだけの金属板に負けるってのは、人としてどうなのかね?」
「怒りもなく、悲しみもなく、ただひたすらに走って生きる丸ノコは、人間以上の存在かも知れませんよ」
「何でアンタは丸ノコの肩を持つんだい」
『ま、まぁ、ツルハシさんの命を何度も救った、相棒みたいなものですから……』
『ついに無機物に友情を感じるようになったかー。センパイ、考え直したら?』
「ぬいぐるみに愛着を感じるなら、丸ノコに友情を感じたって良いでしょ!」
『でもなー丸ノコだよ?』
「ぬいぐるみは良くて丸ノコはダメって、それって差別じゃないですかぁ~?!」
「はよ取り行け」
<ゲシッ>
「アッハイ」
ちょっとキレ気味の師匠に尻を蹴られた俺は、目の前を左右に疾走し続けている丸ノコの回収に向かった。
・
・
・
※作者コメント※
丸ノコ「おれは しょうきにもどった!」
なお、敵味方の区別は特につけてくれない模様。
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