ブッダリオンサイド
「センジュ……アイツ、気味が悪りーですよ」
「――であるか」
返事をした彼の名は「センジュアスラ」。
仏教系ギャング、ブッダリオンのリーダーだ。
何度となくそういった部下の声を受け、彼は自分の選択を後悔し始めていた。
(ダンジョンの入口で拾った時は、使えると思ったものだが……)
彼は視線をながした。
そこには誰とも話さず、ただダンジョンの床に座り込んでいる少年がいた。
しかしセンジュアスラには、それが見たままのものには見えない。
そこにあるのは
人の形をしてはいる。
だが、その中身はまるで別のもの。
彼はそう感じていた。
あれを視界に入れるたびに、背筋に冷たいものが走る。
(拙僧もギャングをして長い。そのなかで大抵の悪党を見てきた。殺人鬼にジャンキー、頭のおかしい奴らはいくらでも見てきた。だが、アレは――)
センジュアスラの視線に気づいた少年が、彼に穏やかな微笑みを返す。
彼はそれに、心臓を掴まれるような心持ちがした。
(あれは、そのうちのどれにも入らない。悪党ってのは、大体世の中を恨んでケチを付けるのが仕事みたいなもんだ。誰だって善人になりたいもんだ――)
実際の所、センジュアスラは、最初こそ紛うことなき仏教徒だった。
しかし、彼は世界に荒々しさ、その現実に負けた。
ブッダリオンを起こした最初のうち、彼が人々を救いたいと思ったのは確かだ。
しかし、この世界では、いつ訪れるかわからない悟りや救いはなんの役にも立たない。今の苦痛に対する実用的な「対処」のほうがずっと必要とされていたのだ。
それはアルコールであったり、クスリであったり、暴力だった。
彼はいつの間にか、深い
(そう、誰だって善人になりてぇもんだ。しかし今の世の中が許しゃしねぇ。「おれは誰にでも誇れる良いことをしている」そう言いたくても、今の世の中じゃあ、絶対に誰かの敵になる。口ではくだらねぇ、と思いながらもそれが引っかかって擦り傷になって、ぐずぐずに腐っていくんだ。)
センジュアスラは過去の自分を思い返す。
彼はこの世界を良くしようとした。だから「センジュアスラ」を名乗った。
センジュはこの世界で苦しむ無数の人々を救う千の手。
アスラは苦しみと戦う修羅の心。
彼はそのつもりで、この名前を名乗った。
だが、彼がいくら努力しても、現実は裏切った。
彼が「正しいこと」をしても、その全てが裏目に出る。
生活に苦しむ人々に、米を買う金を渡せばクスリに使う。
モノの作り方を教えれば、人家に押し入るため扉や壁を壊すことに使う。
身を守るために戦いの方法を教えれば、人を脅すことに使う。
彼がしたことは、彼の望みとは逆になった。
センジュは人々から、憎悪を向けられるようになった。
弱いものを手助けしても、力不足で助けられないどころか、逆に痛い目に遭う。
いくら訴えても、センジュアスラの声は彼らに届かない。
そのうち彼は気づいた。
自分が正しいと思うことは「できない」のだと。
この世界はそういう風に出来ていない。
現実で出来ないなら、別の世界でやるしかないのだ。
だから彼は「ブッダリオン」という世界を作った。
彼が作った世界では新しい秩序がある。
金品を奪うために罪もない商人を撲殺しても、それは輪廻転生を手助けしただけ。
不安や緊張を紛らわすために大量の薬物を使用しても、これは悟りを目指すための瞑想のひとつの手段。だから問題ない。むしろ良いことだ。
だが、これが機能した。
機能してしまった。
外の世界ではクズでろくでなしでも、ブッダリオンの中では「いつもクスリをくれる優しい人」「服が汚れない正しい頭のカチ割り方を教えてくれる人生の教師」になれるのだ。
彼らには「正しい行い」がある。彼らには「人生の目標」がある。
クズの殺人鬼でジャンキーには違いない。しかし彼らは生きている。
いや――自ら生きようとしている。
この世界はしみったれだ。ケチだ。
生きようとする理由すら、勝手に与えてくれない。
いったいどこの誰に、それを彼らから取り上げられる資格があるというのか。
(……………。)
(だがあいつは、ユウキとかいう小僧は違う。あいつは1人で立ってる。)
センジュが思うに「 正しい」とは、誰かに「そう思われる」ことだった。
誰かが自分のやったことを「よくやったね」「ありがとう」。そう言ってくれないと、自分の事を正しいとは思えないものだ。
普通、自分がやっていることが正しいのか、人は不安になるものだ。
だから言ってやらないといけない「正しい」と。
そして自分のことを「正しい」と言ってくれるやつは「正しい」。
そうでないと、自分が悪人になってしまう。
だから、お返しに「正しい」と言う。
そうして「正しい」を積み上げていけば、自分はどんどん正しくなれる。
それ以外の世界は不要だ。自分を正しいと言わないものは「雑音」だ。
センジュアスラはこのシステムに気づいた。
この空想の世界が、過酷な世界を生きるための極楽ということに。
ブッダリオンはこのシステムを回すためにある世界なのだ。
しかし――「あれ」はそれを必要としていない。
いやむしろ、そう言われることを拒絶する。
「そんなことはありません」と。
(あれは……逆だ。完全無欠の善人。外の世界を必要とせず、何一つ自分が悪いなんて思っちゃいねえ。俺にはそれが……それが何よりも恐ろしい。)
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※作者コメント※
これがブッダリオンの真実かぁ……。
うーん、なんか現実もこんな風にポスカリってる気が……
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