仏道パーク



「えぇ……?」

『一体何があったんですか、これは?』

「思った以上に酷いね」

『これは……霊話するまでもないかなー?』

「ですね。」


 俺たちが浜離宮ダンジョンの入り口につくと、そこは戦場のようになっていた。

 地面には突撃を防ぐための馬防柵、そして銃弾や矢、グレネード弾といった飛来物から身を守るための鉄の盾が並べられていた。


「要塞化してますね。あんま役には立たなかったようですけど」


 盾の裏、焦げた地面には無数の死体が転がっている。


 死体の装備や様子から見ると、この戦いはブッダリオンと「白狐会」の間で起きたようだ。白狐会は神道系のギャング組織で、ガチガチの武闘派って言うよりは、表で扱えないような商品を使って稼ぐ、商業系のギャングだ。


(おっとこれは……見るんじゃなかった)


 盾の裏で手榴弾か何かが炸裂したんだろう。黒い鉄板にはべっとりと生暖かい肉の塊や、糸っぽい肉が絡まった紅白紐のような骨の破片がへばりついている。


 さらに俺の気を沈ませたのは、血肉のペーストの中に、女物のスカートの切れ端を見つけてしまったことだ。近くにはアニメキャラのストラップも落ちている。

 ……趣味からしてだいぶ若そうだ。


「これがギャングのやることですかね? もう戦争じゃないですか」


「神様はあたしらにパンを得るための武器をくださったのさ。生身の人間なら戦うために石を投げることしかできないだろうけど、今は違う――」


『でもさ、神様っていうか……アレなんだっけ?』


『そうですね。アルマさんは異世界からやって来た存在で、その権能の大きさや強さは、それこそ私達が創造する神に近いです。けれども心……彼女自体は未完成です』


「今さら言ってもしょうが無いけど、来てほしくはなかったね」


「まぁ、それはそうですけど……」


 このダンジョンの前に広がっている黒い地面は引き裂かれた人間の脂でかすかに光っている。アルマが手段を与えたのは確かだが、それを使ったのは俺たちだ。


 きっとアルマがいなくても、これは起きていた。

 石で、木の棒で。鉄の剣で、弓矢で、銃で、大砲で、そうしてきた、そうされてきた連中のリストで、歴史の教科書はいっぱいだ。


 何かにすがりたい。そういった宗教心が芽生える光景なのは間違いない。


 しかし、その正体はもう、アルマの言葉でわかってしまっている。


 この世界で俺たちに力を与えた「神」は、その外側だけが俺たちが作ったモノで、中身自体は俺たちと似たような存在の、真っ赤なニセモノだ。


 目の前の光景は、俺たちが、俺たちと似たような存在と手を取り合って作り上げた光景だ。


 神の品質保証期限はすでに切れた。サービスセンターにも繋がりそうもない。

 ま、神様の方だって、これに文句を言われても困るだろうが。


「本当に神様がいたら、これ見てなんていうんですかね」


「聞いてみるかい」


「試しにやってみます?」


「電話番号がわかればね」


 師匠の言い方には何となくトゲがある。


 ふと思い出したが、師匠と始めて出会った時、彼女は酷く酔っ払っていたが、何かに対する考えだけは、はっきりとしていた。


 彼女は「何かを守ろうとして、それがクソの山になった瞬間を見た」そんな事を言っていた。ひょっとしたら師匠は、ダンジョンが現れた直後の世代なのかもしれない。それなら、アルマに対する怒りも理解できる。


 ……俺には何とも言えないな。


 ――ともかく、ダンジョンの中に入らないといけない。


 俺たちはダンジョンの入口まで進むために、敵の侵入を塞ぐために置かれた馬防柵をなんとかすることにした。柵は足を地面深くに刺して固定されているので、そう簡単には動かせない。ラレースと俺で柵を破壊して撤去していくことにした。


<ドゴンッ! バキン!>


 俺はツルハシを使って、トゲの間にある芯棒を折り、ラレースはハンマーを振り回して豪快に破砕してどけていく。


 体を動かすと息が荒くなるが、俺はできるだけこの場に渦巻いている胃酸とクソの匂いを取り入れないように、浅く息をする。


 柵をどかす途中で、俺は奇妙な死体を見た。


 祈りを捧げるような形で両手だけが柵のトゲに刺さり、残った死体だ。体は吹き飛ばされたのかしらないが、きれいに腕だけがある。


 戦場ではただの偶然が重なり、こういった意味ありげな死体が残ることがある。死の無遠慮さというか滑稽さというか、肉になった人の無意味さを突きつけられるようで、こっちまで死人になった気分になる。


 なぜだろう、ダンジョンで死体を見慣れているはずなのに、地上で見ると妙に心をかきむしられる。まだここが俺たちの場所だからだろうか。


(そういえば、ダンジョン配信だと人が死ぬところに論理フィルターがかかるよな。ダンジョンの中と、外では感じ方が違うとか、あったりするのか……?)


 心当たりがないわけではない。

 しかし、これをアルマに聞こうという気分には、ちょっとなれない。


 今の世の中、基本的に、ダンジョンの中より外で争うことのほうが多く、激しい。


 危険なダンジョンの中に入って、そこで争うアホはいない。だがしかし、それにはもう一つの理由があるということになるからだ。


 抑えても抑えきれない。

 それくらいしょうもない連中ってことになるよな、俺たち。


『――さん! ツルハシさん!』

「あっ、はい!?」

『さっきから呼んでるのに、何ぼーっとしてるんー?』


「あぁ……いや、なんでもない」


『ジャマだった馬防柵や盾は、全て撤去が終わりました。このまま進みましょう』


「……うん、行こう」


 嫌なものを見たが、そんなに悪いことばかりじゃないはずだ。


 現に、庭師はオレたちの言葉を受け入れた。

 外の世界の連中にできて、俺たちに出来ないはずがない。


 ――そうだ、変えるんだ。

 このおぞましさを、この痛ましさを。







※作者コメント※

前回からこれになる、この作者のスタイルがわからん!!

まぁ、そろそろ夏が終わるし、温度差も多少出るというものだよ、うん。

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