>>爺サイド 幸せな時間


 暗く陰鬱な、地下納骨堂カタコンベのような部屋。その中央には、黒石を削ったゴシック建築の柱が建っていた。


 柱の表面には、苦痛の表情を見せる無数の顔が寄り添っている。それはさながら、この部屋の主に、顔のひとつひとつが呪いの言葉を投げかけているようだった。


 ここは通称『爺部屋』と言われる場所だ。


 その部屋の主たる「リッチ」こと「ジジイ」は、部屋の壁にある、天井まで達する高さのある書棚から、適当な書物をつまみとっては流し読みしていた。


 彼が書物を手に取る理由はいったい何か?

 不死者の王たるリッチには、寿命というものがない。彼には無限の時間がある。

 読んでもいいし、別に読まなくてもいいはずだ。


 この世のすべてが滅び、塵に帰るその時まで、彼には時間がある。

 彼は今という時間に存在する苦痛を、え紛らわすために書物を手に取るのだろうか。それとも、かつて自分に存在した遠い昔の感覚を思い出すために、書物の中に存在する、かつての自分を手に取るのだろうか――


 何かを試すように細く尖った骨の指をのばし、そっと背表紙に這わせたリッチ。

 そして彼は、空虚な喉の奥から言葉を発した。


「平和じゃのー」


 いやー、ほんとヒマじゃな。

 ヒマすぎて、ツルハシ男の言葉通り、本当にボケてしまいそうじゃわい。


 しかしまぁ、このワシが平和のありがたみを知ることになるとはな。


 そんな言葉は、本来、ワシにとっては何の意味もない。

 ワシらモンスターには、戦争も平和もありはしない。

 ただ生き続けるだけじゃからの。


(……平和、か。)


 あのツルハシ男は、平和の対極にある存在だった。


 突然やってきて、勝手に住み着いたかとおもったら、モノは奪う、家具を奪う、さらに何か便利なモノ出せないのとか言い出し、カツアゲまでしてくる。


 まぁ、確かに? 最初の語りがちょっと格好良い感じで、見込みのあるやつかと思った。だが、あやつは気心が知れると一気に態度がデカくなるタイプの人間だった。


 奴の態度のデカさはスクスクと成長し、もはやこの部屋に収まる大きさではない。

 なので、さっさと出ていって欲しい。


(クッ!! 思い返すと腹が立ってきたぞ!!)


「ピュイ~!」

「おお、スマンスマン。いまエッセンスを分けてやろうな、ヒトラン」


 ワシはペットの人魂のヒトランに、エッセンス――

 すなわち、人から抜き取った精気的なアレをスポイトに取って分け与える。


「ピュイ!」

「そうかそうか、ウマイか。よしよし」


 ペットの人魂の世話をして、書を読み、日々のことを日記に書きつける。


 穏やかだ。「あの時」と比べれば、実に穏やかじゃ。


 ふと、あのツルハシ男と、白い女騎士の事を思い出す。

 そういえばあやつら……最近ぜんぜん来ないのう。


 ……フ、フン! 寂しくなんぞないわ!!!

 むしろ、せいせいするわ!!

 

「ピュ~イ?」


「おうおう、ワシにはヒトランがいれば十分じゃ」


 まったく、ヒトランに比べて、人間どものタチの悪さと来たら。

 強欲で無作法、遠慮の無さには閉口するしか無い。


 ヒトのエッセンスの結晶ともいえる人魂は、純真そのものだ。

 やはりヒトというものは、その肉体に邪悪が宿るのだろう。


「ピュイピュイ!」

「うむ、何して遊ぶかのう?」


 なんと、なんと幸せな時間だろう。

 この幸せが続けばのう……


 幸せ――

 そうだ、いまのワシは幸せなのだ。


 あのツルハシ男は愉快な男だが、アイツが来ると必ず何かが消える。あやつ、居候いそうろうの分際で、この部屋にあるものを、全て自分のものと思っている違いない。


 おまけに、たまにふらっとやって来たかと思えば、貴重な情報を分け与えるワシをボケ老人扱いして、散々言いたい放題言って、深層に向かっていったし……。


「クソッ!! 思い返したら何かムカっ腹立ってきたぞい!!!」


「ワシをボケ老人扱いしおって!!!」

「これでも一応、不死者の王よ?!」


「ピュゥ?」

「おうおう、怖がらせてスマンの、大丈夫じゃよ」


 わしはゆっくりと両手でヒトランを包み込んだ。

 ファファファ、この子の魂の温かみを感じるのう。


 …………?!


 ……なんじゃ、このデジャブ感は。

 何やらものすごい嫌な予感がするぞい!!!


 不味い、この感覚。プレッシャー……ッ!!

 間違いなく「奴」がこの部屋に近づいてきている……!!


「いかん、このままではヒトランを潰してしまう!!」


 間違いない。このパターンはワシがびっくりして、ヒトランを握り潰してしまうやつだ。ああ、思い出す。ヒトリンには可哀想なことをした。


 断じてあの悲しみを繰り返してはならない。

 そう感じたワシは、ヒトランから手をはなした。

 そして、その刹那――


<――バァンッ!!!>


(……来たかッ!!!)


 重厚な扉を蹴破る音がして、生暖かい空気が人の気配とともに入ってくる。

 ヒトランを安全な場所に隠し、ワシは振り返る。するとそこには……。



「いやぁ~、仏道パークに来たみたいだぜ~!」


「誰ッ?!」


 部屋の扉を蹴破り、ワシの聖域の中に入ってきたのは他でもない。

 光るハゲ頭を並べ、薙刀に棍棒、思い思いの得物を持った、武装坊主たちだった。






※作者コメント※

誰ェ!?

怖いよぉ!!!

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