日比谷公園へ


 一夜明け、俺はパーティを組んで、日比谷公園に向かった。

 メンバーは、俺、ラレース、そして師匠とバーバラだ。


 このメンツで動くのはお台場以来になる。何だか懐かしいな。

 前に進める足が軽い理由は、新しいスーツを着ているだけでは無さそうだ。


「なかなかいいぞ、コレ」

『調子に乗って壊さないようにねー』


 今、俺が着ている外骨格スーツは、今朝がた、ラフィーナの仕立て屋さんに着せてもらったものだ。


 まだまだ調整が済んでないということで、仕立て屋さんからはかなり渋い顔をされたが、急ぎの依頼という事を伝え、何とか今日だけ使う事を許してもらえた。


 制作を依頼した俺の方が、立場が弱いというのは奇妙な話だ。


 だが、これは『命を守る防具がほしい』という俺の依頼に応えるために、仕立て屋さんが必要なことをしただけだ。


 依頼人である俺がどんなアホなことを言おうと『命が守る防具がほしい』という、依頼の最も重要な部分を仕立て屋さんは曲げようとしなかった。


 仕立て屋さんは生存性に関係するモジュールを優先し、快適性を犠牲にした状態で俺にスーツを着せた。仕立て屋さん的にはまだ未完成なんだろうが、俺からすると、スーツは完全に出来上がっているように感じる。


 防御力は段違いに向上して、それに伴って重量も増えているはずだ。それなのに、外骨格のアシストによって重さを感じないし、走っても全然息が切れない。


 確かにちょっと窮屈な感じはする。でも、ほんのちょっとだ。

 この出来で納得しないとは……さすがのプロ意識だ。


「外骨格スーツってスゲェな。スーツがメッチャ軽いわ」


『ツルハシさんの動きを見ていると、私も欲しくなりますね』


「すごいイイ! すごいイイヨー!!」


『高速で反復横とびしながら前に進んでる……。キモイし、なんかイラッとする』


「新しいおもちゃで喜んでるんだから、そっとしといてやんな」


『それもそうかー……あ、ツルハシ、見えてきたよ! あのモシャモシャ!』


「こりゃまたすごいね。地上でこんな物が見れるとは思わなかったよ」


「おぉ……」


『これが日比谷公園……まるで植物園ですね』


 俺たちが黒と灰の色のない廃墟の間を進んでいると、突如として目の前に鮮やかな緑と花の色があふれる空間が現れた。


 近づいてみると、公園には木々だけでなく、様々な種類の花が地面に咲き乱れていた。俺は花の名前をまったく知らないが、それでも花の美しさくらいはわかる。


 草花の塊は刈り込まれ、馬やウサギなんかの動物の形を象っている。

 これは、※トピアリーってやつか?


 ※トピアリー:植物を人工的・立体的に形づくる造形物オブジェ


(これが日比谷公園か……ジンさんが立ち退きへの協力を断るわけだ)


 確かにジンさんの言う通りだ。

 難民の住居と緑の楽園を天秤にかけたら――明らかに楽園のほうが重い。


 かと言ってなー……。

 本当に面倒くさいことを頼まれちゃったな。

 

 俺はガイガーカウンターを取り出し、地面に近づけてみた。だが放射線を機械が感知した時に鳴る、あの特有のガリガリという音は無かった。


「当然のことながら、汚染は無いみたいですね」


『汚染があったら、こんな風になってないだろうからねー』


『素晴らしい場所ですが、勝手に入っても大丈夫なんでしょうか?』


「チケット売り場はどこかな?」


『予約制って感じでも無さそうだけど、どーする?』


「うーん柵も何もないしなぁ。ひとまず第一花壇に行ってみるか」


『あ、ツルハシさん……! もう、知りませんよ!』


 公園の中に入って、第一花壇まで行くと、花壇の近くには大きな池があった。

 池には池の底まで見える清浄な水が満ちていて、魚まで泳いでいる。


 俺は池のほとりに立って池の中を覗いてみる。すると、池を泳ぐ魚も、花壇の花と同じように色とりどりだった。


 降り注ぐ太陽の光を魚たちが受けると、水面の下から鱗の色が混じった光を空に向かって返している。まるで生きた宝石だ。


「すげー……癒やされるわ―」


<クスクス……>

<フフフ……>


「うん、俺、そんな変なこと言った?」


『いえ、これは――ドライアドの声ですね。ツルハシさん、あの木のうろ・・を見てください』


「ん、おぉ? ……わぁ」


 ラレースの指差す先を見ると、大樹のうろの中に緑がかった金髪の美しい女の子が腰掛けており、扇情的なポーズでこちらに向かって微笑みかけていた。


<クスクス……鉄を身につけてるヒトが来たわ>

<きっと自分に自信がないのよ。鉄の皮で強くなった気になってるんだわ>

<ねぇ、そんな物脱いで、こっちにおいでよ……>


「これは見事なハニートラップ。ラレースがいなかったら引っかかってたわ」

『もう!』

『あー、これは男ならイチコロのやつだねー』

「このパーティ編成で良かったね」


「ラレース、あの子達も妖精フェアリーってことでいいんだよな?」


『大きく妖精としてくくると、そうですね。おとぎ話に出てくるフェアリーと、ドライアドたちニンフには、細かいニュアンスの違いがありますが……』


「ふーむ、神学的な話か?」


『はい。特にお気になさらなくていいかと』


「わかった」


 妖精の話はひとまずおいておこう。

 ラレースの口ぶりから察するに、かなりややこしい話っぽい。


 しかしどうするか。

 フェアリーとの交渉は良くわからんな……。


「とりあえず交渉する前に、世間話でもするか」


『世間話……ですか?』


「あぁ、とにかく相手の考えとか、雰囲気が知りたい」


『ツルハシさん、気をつけてくださいね。妖精は人と神の中間の存在、いうなれば半神です。けっして本名や心のうちを明かさないでください』


「なるほど。いつものことじゃん」


『……あっ』


 ラレースはそれ・・に気づいて、手を「ぽん」と叩く。

 いつも通りでいいなら、楽なもんだ。


「よっ、俺はツルハシ男っていうんだ。話をしないか」


<プッ! ツルハシ男ですって!>

<……ヒトって変な名前をつけるのね!>

<私たちが付けた名前のほうが、きっと可愛いわ!>

<そうだわ、そうしなさいよ!>


 ふむ……名前を付けるか、読めたぞ、これは一種の『まじない』だな。


「いや、その必要はない。ツルハシ男と呼べ」


<……あら、いけずね!>

<このヒト、前来たヒトたちより面白いわ!>


「前に来た連中……そのつまらない連中について教えてくれ。君たちを追い出そうとしなかったか? そいつらはどこにいる」


<あらあら! それなら池の中、それと花壇の中にいるわ!>

<口を開いても面白くないから、せめてキレイにしてあげたのよ!>

<ワタシたちの『花園』に住みたいって言うから、そうしてあげたの!>


 ――なるほど、そうきたか。


 池を泳いでいる魚。そして、そこらにある草花のトピアリー。

 あれは『庭師』やドライアドに立ち退きを迫った議員たちの成れの果てか。


 これはまた……思った以上に危険な交渉になりそうだな。


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