良いツマミ


「とまぁ……そんな感じでして」


「ダンジョンの最深部にいたのが、そんなのだとはね……」


『うーん……何でぶっ壊さなかったのさ?』


「アルマは他のダンジョンにも存在するんです。浜離宮のアルマを破壊したところで根本的な解決になりませんし、この世界の『今』を守るには必要ですから」


「そうだね、たしかにアンタの言うとおりだ。――今を守る、か……」


(うん? なんか師匠の雰囲気が、何時になく真剣だな)


「なんだか酒を呑む気が失せちまったね。」


「ウソ、師匠が!?」

『珍しいこともあるもんだね―』


「アタシにだって、正気でいたい時くらいあるのさ」


 そういえば、俺は師匠のことをほとんど知らないな。

 なにか、ずっと昔のことが引っかかってるんだろうか。


「…………」


「アンタまで真面目な顔をするんじゃないよ」


「あっ、ハイ」


「しかし何だね――アタシはその『勇者』のことは嫌いだね」


<プシッ>


「結局むんですか」

「ツルハシ、アンタを見てると、酒が欲しくなるのさ」

「俺はツマミですか」


「――アンタの人生は良いツマミだよ。良いツマミってのはね……酒の味を引き立てるものだけじゃないんだよ。酒の味を忘れさせるものでもあるんだよ」


「酒を飲むとき、アタシは自分の人生を忘れたいんだ。ロクでもなかったからね。でも、アンタは違う。アンタの人生は――少なくとも目的と希望がある」


「いや……別に俺の人生だって、全部が全部そうってわけじゃないですよ」


「それは分かってるさ。アタシから見ればそう見えるってだけだよ」


「アンタはちゃんと目的を持ってる。アタシはそんなアンタを見てると、自分のことを忘れられる――それが良いツマミなんだよ」


「師匠……」


「ああ、ごめんごめん。酔っ払いの戯言を気にしないでくれよ」


「――なら、そうですね……師匠が俺の人生をく感じるなら、俺が師匠の人生を最高って感じても良いってことですよね」


「……アンタ、ほんとうに性格悪いねぇ」


「ひねくれ者なんで」

「ハハッ! ねるのも許してくれないか」


<ドンッ>


 師匠は表示枠から琥珀色の液体が入ったボトルを出した。

 まさか……本物のウイスキーか、これ?


「たまにはイイヤツを奢ってやるよ、飲みな。」

「い、頂きます」


「ツルハシさん?」


「ちょ、ちょっとだけにします……」


「仕方がないですね、師匠の面目もありますから」


「おや、ラレースはもうツルハシの女房になったのかい?」


「ち、違います! まだです!」


「「!!! ヒューヒュ~♪」」


「い、今のは言葉のあや・・ですからね!!」



「アルマには言わなかったけど、俺もあの『勇者』のことは嫌いだな」


「ツルハシさん、何故です?」


「勇者は自分の体を削りながら、身を犠牲にしながら戦っていた。俺が嫌いなのは……アルマが抱えていた『心』と一緒に、アルマを追放したことだ」


「自分の命すら大切に出来ないから、平然と他人を巻き添えにできるんだ。そんなやつが勇者なわけない」


「…………」


「奇遇だね。アタシが引っかかってるのも、そこ・・の部分だよ」


「勇者はたまたま間違えをしなかった。それだけかも知れないですからね」


「運良く勝ち続けたやつが勇者って呼んだ。強者に挑んで、負ければ愚者。勝てば勇者。ま、世の中そんなものさ」


「……アルマは間違えを犯した。何度も、何度も」


「でもアルマさんはあきらめなかった。自分の失敗を取り返そうとして、今もそれを続けている」


「どっちが勇者かな? まあ視点の違いかも知れないけどな」


「私たちは勇者に会ったことがありませんからね」


「案外、勇者のことが好きになるかも知れん。それでも一発ぶん殴るが」


「もしその時が来たら、アタシも呼んどくれ」

「ハハ、是非とも。」


(しかし……なんだろう。何か見落としているような)


「ツルハシさん、それで話は戻りますが、日比谷公園に植物や薬草に詳しい方を、どなたか連れていきますか?」


「そうだなぁ……そういえばジンさんの信仰って『神農』だったよな?」


「あ、彼女なら間違いはないですね。『神農』は医学と農業を司りますから……。きっと、植物に詳しいはずです」


「そういやそうか。ちょっと連絡してみよう」


 俺は表示枠を通じてジンさんに通話を飛ばす。

 以前パーティーを組んだ時に、連絡先を交換しといてよかった。


(お、出た)


「あのー、ジンさん、ちょっとお聞きしたいことが」


『はいはい、何~?』


「お台場からくる難民のために住居を用意するってんで、日比谷公園の敷地を使いたいんですけど、予定地に『庭師』っていう探索者がいるらしいんですよね」


『あー、ずいぶん前からやってるあの立ち退きの件? 悪いけどパスかな~』


「決断早いっすね。」


『ウチも「庭師」にはお世話になってるからね~』


 俺はここで、ふと思った。


 今、ジンさんが庭師に対してとったこの態度。これは、植物が絡むスキルを持つ人が全員とる態度なのでは? そういう事を俺は思ったのだ。


「ちなみに、他の園芸師とか木こりなんかを探しても……」


『うん、ぶっちゃけるけど、無理だと思うな~』


「やっぱそうですか」


『ダンジョンに入らなくても、地上で貴重な植物が手に入る場所だからね。言葉は悪いけど、暴動起こした連中の残りカスなんかより、ずっと価値があるよ~』


「デスヨネー」


『んー、断っちゃえば~?』


「そこがまぁ、板挟みなんですよね。依頼はナナちゃんのご両親からで、難民を率いているのは、ラレースさんの所属する教会なんすよ」


『クッソ面倒なことに巻き込まれてて、草も生えないね~』


「何かうまい方法、思いつきます?」


『まー、うちからアドバイスするとしたら――』



「なるほど……ありがとうございます。」


『ほいじゃ、がんばってね~』


「聞いてよかったですね。無策で進んだら危ないところでした」


「あぁ……これなら、妙な邪魔・・・・が入らない限り、大丈夫だろうな」

「はい!」


「方針は決まったみたいだね」


「えぇ。夜が明けたら、さっそく日比谷公園に向かいましょう!」


「「おー!!」」







※作者コメント※

師匠ェ・・・

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