ラフィーナ


 ベルのついた扉を開けると、カランと透き通った音が響いた。

 店内は静かで、横長のショーウィンドウから差し込む昼の短い光が、赤色のマホガニーの床を、より一層鮮やかにしている。


 壁には黒色の背景に白色の文字が踊ったシンプルな「ラフィーナ」のロゴがあり、その下にはシックな色調の生地がズラッと並んでいた。


 並んだ生地の先、店の奥にはカウンターがあり、その上には針や糸、ハサミやメージャーといった洋裁品の他、金属やプラスチックを加工するための作業台があった。台の向こう側には、白い髪と口ひげをたくわえた老紳士が立っていて、扉のベルの音に気づいて顔を上げた。


 彼は目を細めて微笑むと、ゆっくりと俺とラレースに向かってお辞儀をする。


「いらっしゃいませ、お客様。どうぞこちらへ」


「どうも、以前にマスクを作って頂いたものです。今度はスーツを仕立てて欲しいんですけど……」


「重ねてラフィーナをお選びいただき、誠にありがとうございます」


「あっはい。こちらこそ」


「ご注文は、ダンジョンでおしになる防護服でお間違い無いでしょうか?」


「そうですね。普段使いしたいので、汎用的な耐性が欲しいです」


「承知しました。お連れの方に合わせますか?」


『えっ、いえ! 私は彼の、ええ、ただの友人ですので、そんな!』


(――ゴフッ!?)


「大変失礼しました。他にも、何かご要望がございましたら、何なりと」


「うーん、取り立ててないですが、俺は戦闘職ではないので、長く着られる快適性と軽量性を重視したいです」


「承知しました。ご予算についてはどのようにお考えですか?」


「うーん……そういや、今神気、いくらあったかな……――!!!」


(……せんまん、おくまん……? あるぇー?)


『どうしました? もし足らなかったら……――!!!』


(どうしたんですか、ツルハシさん、それ!!!)

(俺もわがんにゃい!! どうなってんの!?)

(ドラゴンなんか倒すからですよ!!)

(そんな事言われてもぉ……)


「え、えーっと、特に気にしなくて大丈夫、かも?」

「承知いたしました」


 うーむ、俺たちの騒ぎを見ても、仕立て屋さんは顔色ひとつ変えない。

 さすがプロだな。


「デザインはどうされますか?」


「おまかせで、今のマスクに合う感じにしてください」


「信頼にお答えする機会をいただき、恐縮です。」


「ど、どうも。」


「失礼ながら、いまおしになっているスーツを拝見してもよろしいですか?」


「あっはい。どうぞ」


 うーむ、こういうお店に慣れてないから、どうも挙動不審になってしまう。

 銀座は昔ながらのこういった上品な店と、ドブ板の上で飯食うような屋台が同居してるからなぁ……。


 俺はグローブとジャケットを脱いで、仕立て屋さんに渡した。


 すると紳士は、気品のある手付きで受け取った装備を作業台に広げると、ライトが付いたルーペを取り出し、宝石商がするように生地を精査しだした。


「これを作った職人は、お客様のために、とても良い仕事をしていますね」


「そうなんですか?」


「はい。この防護服は、三層構造になっています。一番外側の層は、特殊な繊維で、薬品や火事に強く、中間の層は頑丈な繊維で長く使えるように工夫されています。そして、一番内側の層は柔らかい素材で着心地が良くなるように……」


 うむ、情報量が多い!


 しかし、この仕立て屋さんは、接客のベテランだな。

 見事に専門用語を避けて、スーツの特性や素材を俺に説明した。


 フツーの職人は、つい「アラミド繊維が~」とか、言ってしまうものだ。


 俺も探索者なので、素材については知っている。だけど、突っ込んだ技術的な部分になると、黙ることしか出来ない。


 だから紳士は、こちらの面目を潰さないように、優しすぎるくらいに噛み砕いて教えてくれているのだ。凄いぞ紳士。さすが紳士。


 紳士は棚から取り出した生地や素材を作業台に並べると、さきほど俺のスーツに対してやったように、使う素材の耐性や特性を色々と説明してくれた。


「うむ……これは良いものだ」


『ツルハシさん、全然わかってませんよね?』


「はい。全部おまかせします……」


「承知いたしました。軽さと快適さをお求めなら、寸法を測り、フルオーダーでスーツをお作りするのはいかがでしょう?」


 フフフ、フルオーダー!?

 なに、なにそのメッチャ高そうな言葉の響き!?


「もちろん、サンプルサイズを元にしたスーツでも、お客様にご満足いただける自信はございます。しかし、お客様のご要望を完全に満たすには、お客様の体型にしっかりと合わせた調整をする、フルオーダーがよろしいかと」


「えーっと、それはまたどうして?」


「では、こちらをご覧ください」


 紳士は店の奥側に俺を案内して、あるものを見せた。

 それは、俺を驚愕させるのに十分な代物だった。


「これは……強化外骨格スーツですか?」


 紳士が見せたのは、ただのスーツではない、スーツの内側と外側に金属の骨格が挿入された外骨格スーツだ。しかし妙なところもある。


(このスーツ、バッテリーやサーボモーターに相当する部品がないな)


 通常、外骨格スーツには動きを補助するモーターとバッテリーが付属している。しかし、ダンジョンの中では電子機器が停止するので、外骨格スーツは主に地上で使用することになる。


 ダンジョン内で外骨格スーツを使うなら、ファウストがやっていたように自分の筋力でがんばって動かすしかない。


 ただ、ファウストの場合は、外骨格に能力を増強する効果があったからな。

 ダンジョンで使うスーツといったはずなのに、はて……?


『バッテリーやモーターがないようですが……』


「このスーツは、あなたの心の動きに合わせて形や動きを変えることができる素材で出来ています。そのため、重い機械や電池が不要で、軽くてしなやかなスーツになっています」


(……心の動きに合わせて形を変える――!! なるほど、そう来たか!)


 紳士が指し示した金属のパーツは、ヒヒイロカネという精神感応素材だ。なるほど、俺の意志で金属のフレーム自体が伸縮すれば、モーターを省略できる。

 そうすれば、軽量で信頼性の高いスーツが作れるってことか。


 さてはこの紳士、結構な技術キチだな!?

 スーツに対する情熱がハンパじゃねーぞ!!


「既製品の外骨格スーツは窮屈で不快です。しかし、このスーツならば、貴方の体にぴったり合わせることができます。それはきっと、自分の体の一部のように感じられることでしょう」


「わかりました、これでお願いします!!!」


「承知いたしました。」


 うやうやしく礼をした紳士は、巻き尺を取り出し、採寸を始める。

 おぉ、なんかすごい偉くなった気分。


『ツルハシさんもついに外骨格スーツですか……採掘師ですよね?』

「うむー。」


 冷静に考えて、それが俺に必要かと言われたら、うん。無いわ。

 でもラレース。外骨格なんだぜ? 男のロマンがそこにあるんだ。


 紳士に採寸してもらっている間、俺は暇つぶしにラフィーナのショーウィンドウから外を見ていた。


 すると突然、青い制服に腕章をつけた男たちが現れた。

 あれは銀座の自警団だ。ん、近くで何かあったのか?


 一人がドアを勢いよく開けて、自警団の連中が次々と店に入ってくる。


 俺たちが入ったときに優しげに鳴った扉のベルは、今は一転して危なげな音色に変わって、店内を不穏な空気で包み込んだ。


「お前がツルハシ男で間違いないな」

「あっ、はい。」


 どうやら目的は俺だったらしい。

 うん? うん??


『穏やかではありませんね、何事ですか?』


「証人喚問だ。銀座の評議会が貴方の出頭を要請している」


「『はい???』」





※作者コメ※

映画とかで見るプロのお仕事シーンが大好きなので

つい頑張っちゃったんだZE☆

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